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1月5日。昔からこの日はソワソワして過ごしていた。プレゼントをこれでもかと催促してくる、あの幼馴染のせいで。
そう、今日は鳴の18歳の誕生日。
鳴は部活引退後ドラフト指名を受け、見事プロ入りを決めた。学校のない日は球団の練習に参加していて、今日もその練習があって直接は会えない。だからせめてと、連絡アプリを使って誕生日おめでとうと送っておいた。すぐに既読がついてありがとうって来たときはさすがにびっくりした。
高校のときもそうだったけど直接言ってあげられないし会えないことがこんなに寂しいなんて思わなかったなあ…。
つい数日前のお正月休みにあったばっかりなのに、もう会いたいなんて。
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遡ること2日前の1月3日。大学の推薦も決まり、ゆっくりしたお正月を過ごしていたとき。
「おはよーございます!」
この騒がしい幼馴染は、大晦日の日に帰ってきた。そしてそのまま、いつも通り成宮家と合同で年を越した。
「あら〜鳴くんおはよう」
「おはようおばさん」
自然にわたしの家に入ってきて、お母さんと挨拶なんてしちゃってる。今更だけど家に慣れすぎている。
「あ、駅伝」
『そー。今ちょうど4区』
「ふーん。それより、飯食べに行こうよ」
『えー?いま?』
「いま」
『5区見たいから待ってよ』
「やだ!」
『そんなにお腹空いてるの?』
「だってもう昼だよ!?」
『…仕方ないなあ』
こうなった鳴は絶対に譲らないのだ。ぐずられても面倒なので、仕方ないから駅伝は諦めよう。
自分の部屋で私服に着替え、コートを羽織る。そうしたところで、部屋のドアがノックもなしに開いた。
「なまえまだ?」
『ちょっと勝手に開けないでよ』
「おせーもん」
『着替えてたらどうすんの』
「別にどうも?」
『むかつく』
「プププッ」
準備を整えて鳴と2人で街へ出る。そういえば、2人で出かけるなんて久しぶりかも。元日に初詣に行ったけど、成宮家とわたしの家族みんなでだったし。
しばらく歩いて、鳴が食べたいと言っていたレストランに入り、注文を済ませる。
『鳴はいつ戻るの?』
「明日!」
『早いね〜』
「練習始まるし身体鈍るしね」
料理が運ばれてきて、ゆっくり食べ始める。ときどき鳴にわたしの料理をとられて若干の口論があったけど、まあそれも慣れたものだ。
「あ〜食った!」
『食べ過ぎだよ。わたしの半分も食べたじゃん』
「なまえが太らないように食べてあげたんじゃん!」
『え?なに?』
「…こういうときだけ聞こえないフリする…」
食べるものも食べたし、帰路につきながら、くだらない会話をする。こういうのも、中学までは毎日のようにしていたのに、高校で鳴が寮に入ってからはめっきり減ってしまっていた。
『プロの練習はどう?』
「やばいよ!超きつい!」
『鳴が言うなら相当だね…まだ取材とかあるの?』
「まあね〜オイライケメンだからさ!」
『…あんまり調子乗らないように』
「なまえは大学決まったんだよね」
『うん』
「一人暮らし?」
『実家から通えるからしばらくは実家かな』
「一人暮らししたいの?」
『そりゃあね〜』
「ふーん…」
『鳴はまた寮なんだよね』
「しばらくは」
『そっか』
また、あんまり会えなくなるね。
その言葉をギリギリで飲み込んだ。鳴は夢を叶えるために行くんだ。それを邪魔してはいけない。
『じゃあ鳴、がんばってね』
ちょうど家に着いたので、鳴にそう言って玄関に入ろうとしたら、後ろからすごい力で腕をひかれる。
『…っ、鳴?』
「もう帰んの?」
『え、だってご飯食べたし…』
「こっち!」
わたしの発言は清々しいほどに無視され、鳴の家に連れて行かれる。
『あれ?おばさんたちは?』
「知らない。初売りとかじゃない?」
勝手知ったる鳴の家にお邪魔すると、いつも賑やかな成宮家がシンとしている。
今度はわたしの問いかけに答えてくれたものの、腕は力強く掴まれたまま。そのまま鳴の部屋までグイグイと引っぱられ、部屋に入ったところでやっと腕が解放された。
「さみぃ!」
鳴が暖房をつけるのを横目に、部屋を見渡す。小さい頃は毎日のようにここで遊んでいたのに、今は1年に数えるくらいしかここに入っていない。高校に入ってからはそれは顕著になり、たくさんあった鳴の私物も、寮に入ってからは少なくなってしまった。
「いつまでつったんてんの?」
『…あ、ごめん』
「寒い?」
『ちょっとだけ』
鳴とは少し距離をおいて隣に座ったはずなのに、気づいたらその距離は0になっていた。
「あったかい?」
『…うん』
抱きしめられて、改めて思う。
鳴は、男なんだなと。
わたしをすっぽり包んでしまう力強い腕、鍛えた胸板は硬くて、耳元で聞こえる声はわたしのものより随分低い。
「なまえ、明後日何の日かわかる?」
明後日、すなわち1月5日。
その日は、鳴にとってはもちろん、わたしにとっても大事な日。
年末に街にくりだして、一応プレゼントは買っておいたけど、今話を切り出されるとは思っていなかった。明日の見送りのときに渡そうと思っていたから。
『鳴の誕生日』
「正解〜。忘れてたらどうしようかと思ったよ!」
『忘れたら鳴がめんどくさいからなあ』
「なにそれ」
「…当日はさ、練習あるからなまえに会えない」
『うん』
「だから今プレゼントもらってく!!」
笑いながらそう言った鳴に、わたしは慌ててしまう。
『え、ちょっと待って。部屋にあるから持ってくる』
「…え!プレゼントあんの!?」
『あるから言ったんでしょ?』
「いや、それも欲しいけど…」
『なに、他に欲しいものでもあるの?』
「欲しいものっていうか…したいこと?」
『…は?』
そう言うと鳴は腕の力を緩めて、顔を近づけてくる。
「大学行ったら、彼氏つくるの?」
『…できたらね』
「…だめだよ。なまえは俺のだから」
『えー…じゃあ鳴は?』
「なまえの」
「ね、キスしていい?」
『……ん』
触れ合ってたのはほんの数秒だった。けど、確かに鳴の優しい熱を感じた。
「…なに泣きそうになってんの?」
『…なんでもない』
「嘘だ」
『鳴。 少し早いけど誕生日、おめでとう』
そう言うと、昔から変わらないくしゃっとした笑顔で、「ありがと!」って返してくれた。
わたしは鳴のもので、鳴はわたしのもの。そういえば、高校に進学するときもそんなこと言ってたなあ。懐かしい。そんなことを考えていたら、鳴の顔がまた近づいてきてもう一度唇が触れ合った。
決定的な言葉はないけれど、この距離がひどく安心する。
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これが数日前のやりとりだ。
今電話がかかってきているのは、今日の主役の鳴。
『もしもし?』
「出るの遅いよ!」
『…鳴うるさい』
「人が電話してあげてるのにその態度なに!?」
『ごめんごめん。だから声の音量下げて』
「なまえのくせに生意気!!」
『だからごめんって。で、どうしたの?』
「どうしたもこうしたもないよ!今日俺の誕生日!」
『知ってるよ。LIN◯したじゃん』
「直接は言ってくれないの!?」
『…ふっ』
「は!?なに笑った!?」
『だって、鳴かわいい』
「かわいくない!!男に向かってかわいいとか何!?」
『ごめんごめん。誕生日おめでとう』
「…ん。ありがと」
『球団の人にはお祝いされた?』
「まーね。でっかいケーキ食べた」
『いいなあ〜』
「…なまえ、おとといのやつ、覚えてる?」
『…うん』
「ちゃんと守ってよ」
『分かってるよ。…鳴は?』
「…俺モテるからな〜」
『鳴が破ったらわたしも破る』
「なまえは俺以外の男とはうまくいかないよ!」
『やってみなきゃわかんないじゃん』
「絶対ダメ!!」
幼馴染は、ワガママで、うるさくて、独占欲が強い。
でも、そんな鳴を、わたしはずっと。
『鳴、誕生日おめでとう』
2016/1/5
2019/4/12加筆修正
成宮鳴 Happy Birthday!!