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中学3年の冬。
そろそろ進路を決めなければならない時期。わたしはそんなに頭は悪い方ではないので、近くのまぁまぁ偏差値が高めの高校にするつもりだ。
それを、幼馴染のあの男が黙っているなんてことはなかった。
「なまえ!俺推薦決まった!!稲実!!!」
と、わたしに報告してくれたのは、生まれた時から、いや生まれる前から一緒の成宮鳴。
シニアで野球をしていて、わりと有名な投手である。
『鳴、おめでとう』
推薦が決まったのは素直にうれしい。鳴は野球に関しては感心するほどできるが、それ以外は人並み以下だ。
「なまえも来るよね!?」
すごい勢いで、そして笑顔で言われたので、返答に困った。
鳴と同じ高校に行きたくないわけではない。だけど、稲実はスポーツが盛んで、しかも家から通うにはそこそこ時間がかかってしまう。わたしはスポーツは全くできない。
『……鳴、わたし、稲実には行かないよ』
「は!?何言ってんの!?俺と一緒なの嫌なわけ!?」
『違うよ。鳴は野球部の寮があるからいいけど、わたしは通わなきゃじゃん。そこそこ稲実遠いよ』
「そんなこと!?いいよそんなの!なまえ頭いいんだから稲実くらい余裕でしょ!?」
それも問題だった。稲実はスポーツが盛んなおかげか、偏差値はそれほど高くない。以前担任に稲実の話を出したら、みょうじさんはもっと高いところ狙うべきよ、と熱弁されてしまった。
それに、
「なまえ高校どうするの〜?」
友人と話したときだった。自然に出てきたのは稲実だった。そう言うと、友人は、「成宮くん?なまえいつも一緒だよね」
「そろそろ幼馴染離れしないの?」
と当然のように言った。
「成宮くんと付き合ってはないんだよね?」
「じゃあそろそろ離れてあげないと、成宮くんだって彼女作りづらいんじゃない?」
小さい頃は、ずっと一緒にいられたのに、大人になるにつれて、一緒にはいられなくなるのか。
いつの間にかわたしの存在は鳴にとっては迷惑になっていたのかもしれない。そういえば鳴はモテるのに、彼女は一回もつくらなかった。
そろそろ、鳴に甘えるのも終わりにしないといけない時期になってしまったのだろう。
それに、わたしは鳴が一番大切にしているものを邪魔してはいけない。
『わたし、稲実は行かない。鳴とは別の高校に行くよ』
それを言った後の鳴は、顔を赤くしてわたしに向かって「はぁ!?」「ありえない!!」「好きにすれば!?」と散々叫んでその場を去っていった。
それから、鳴とは気まずくなり、全く話さなくなってしまった。
その間に、わたしは第一志望の高校に合格した。
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そして鳴とは話せないまま、明日は卒業式を迎える。
あと少ししたら、鳴は高校の寮に入って、野球に励むのだろう。
そろそろ寝ようかと、ベッドに入った時、携帯に着信が入った。もう夜の11時だ。こんな時間にだれ?と思い画面をみると、そこには「成宮鳴」の文字が。
恐る恐る電話に出ると、
「………なまえ?」
久々に聞く、鳴の声。やっぱりわたし、別の高校にしたの間違いだったかな。そう思えるくらいに、鳴の声は優しかった。
『………鳴?どうしたの?』
「…合格したんだってね」
『…うん』
「…………おめでと」
『え?…あ、ありがと』
予想外の一言に思わずどもってしまった。あんなに反対してたのに。
「あのさ、そっち行っていい?」
『いまから?』
「うん」
『いいけど…』
わたしたちの家は、本当に近くに建っている。それこそ、わたしの部屋と鳴の部屋は、1メートル弱しかない。そこを飛び越えて、お互いの部屋を行き来することも、今まで何回もあった。
窓を開けて鳴を部屋に入れる。
「やっぱまだ寒い」
『そりゃあまだ3月だし』
「あのさ、なまえ。……ごめん」
『……わたしも、ごめん』
数ヶ月言えなかった謝罪の言葉は、思ったよりも簡単に口にできた。
鳴がわたしを引き寄せて、優しく抱きしめる。
「でもなまえと同じ高校行きたかったのは本当だよ」
『それはわたしもだよ』
だったらなんで…まだ不満げな鳴に、
『鳴、野球、がんばってね』
野球を真剣にしに行く鳴の邪魔になりたくない。鳴の将来を応援したい。
そんなわたしの独りよがりな思いを込めて、そう言った。
ふと顔をあげれば、鳴の顔が近づいてくる。
気付いたときには、唇に熱が。
触れていたのは、ほんの数秒。
『………鳴?』
「なまえは、俺のだから。高校で彼氏とかつくんなよ!!」
『なにそれ。鳴は彼女つくんないの?』
「俺野球しに高校行くし!!!」
「ってか、俺はなまえのだから!!!」
恋人のような、甘い雰囲気はまだ苦手。
今はまだ、曖昧なままでいいのかもしれない。
鳴、野球がんばれ。
(そしてまた、君とキスをする)