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「あのー…中に入らないんですか?」
『そうだよ気になるんでしょ、入りなよ』
練習後、栄純が球を受けてもらうはずの御幸は、降谷くんによって連れ去られてしまい、行き場を失った彼は悔しそうに室内練習場を覗いていた。
「あいつらの練習黙って見てるのも悔しいじゃないですか!!」
『そういうもの?』
「そういうもんです!!」
栄純は恨めしそうな声を上げ、大事なところは彼らに聞こえるように声を張り上げていた。そんなとき、後ろから「俺が受けましょうか」と、予想できなかった人物が声をかけてきた。
『奥村くん』
「な…な…何が狙いだ貴様!!罠か!?」
「…もういいです」
二人がそうして言い合っていると、降谷くんのボールの音がそれを中断させ、ようやく栄純の出番が回って来た。成り行きで奥村くんとアップをし、御幸の「もっと受けたくなった?」という言葉でその後も奥村くんが栄純の球を受けることになった。
栄純とは野球を通して分かり合うのが一番手っ取り早い。これがうまくいっていない二人に出した御幸の答えなんだろうな。単純だけど、一番分かりやすい。
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「あれなまえもいたんだ」
『最初からいたよ』
「はっはっは、もう帰ってるかと思ってた」
『栄純がその辺で駄々こねてんのおもしろかったから』
「なまえ先輩ひどい!」
ようやく練習がひと段落し集中力が切れたのか、御幸はやっとわたしの存在に気づいたらしい。あれだけ熱中していれば気づかないんだろうなあ。
「他のマネは?」
『今日終わるの割と早かったから先に帰ったよ』
「…よし、じゃあ行こ」
『は?』
「帰んだろ?」
『いやそうだけど…』
「早くしねぇと倉持来るだろ」
「ヒャハ、残念」
「…マジかよ」
御幸が何やらコソコソと話しかけていたところに、わたしの背後から聞こえた特徴的な笑い方。
『倉持、どしたの?』
「お前まだいたのかよ」
『いやあ栄純がおもしろくて』
「なまえ先輩聞こえてますからね!?」
『あーごめんごめん』
まだ室内練習場には栄純や降谷くん、そして奥村くんたち一年生が残っている。
「帰んぞ」
「おーい倉持くん?」
「ヒャハ!じゃーな」
「なまえ先輩お疲れ様でした!」
『え、お疲れ?』
倉持に腕を掴まれてそのまま引きずられるようにして室内練習場を出た。その瞬間、プロテクターをつけたままの御幸と目が合った。
『…ねえ、御幸怒ってなかった?』
「ヒャハ!知るか」
わずかに交わされた視線からわたしが感じたのは怒りだった。だけど、御幸が怒っていようが怒っていまいが、この状況で笑っている倉持にとってはどうでもいいみたいだ。
わたしはそれほど強靭な心を持っていないので、御幸が怒っていたとしたらヤバそうだから謝りに行こうとした。だけど、倉持が一向に腕を離してくれないので仕方ないから今日は諦めることにした。
『怒られたら倉持のせいだからね』
「へーい」
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「なまえちゃんおはよう」
次の日の朝、待ち伏せをしたいたかのように早速出くわした御幸が笑顔でそう言ったから思わず逃げてしまいたくなった。倉持の嘘つき!
『な、なんでしょう…』
「分かんねぇ?」
その間に御幸はじりじりと近づいてきて、あっという間に目の前に立っていた。だけど、「…なまえ」とわたしを呼ぶその声はなんだか悲しげで。
『御幸…?』
「…なんでもない」
まるで置いていくなと言われているような、そんな声。なぜだか分からないけど、無意識に寝癖がまだ残っている御幸の頭をなでていた。
「やっぱダメだなあ」
『何が?』
「…いや、こっちの話」