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真夏の暑さがだいぶ和らぎ、朝晩少しずつ寒くなってきた頃。ある大型行事が目前に控えていた。そう、文化祭である。
うちの文化祭は毎年秋大の時期と被ってしまうため、野球部は準備だけの参加だ。ちょっとだけさみしいけど、大会だって大事だ。それに来年は参加できるから、そのときに目一杯楽しめばいい。
わたしのクラスでは簡単なカフェのようなものをやることになり、その準備が進められている。コンセプトは、大正ロマン。家庭部が多く在籍しているからこそできるものだ。生み出されていくかわいい着物にわたしも着てみたいなんて思ってしまう。
そんなわたしは野球部なので最初からあのかわいい着物を着る選択肢はなく、看板を作るという役目を果たしているところだ。
「あ、マジック足りないかも」
「糸も足りない〜」
「足りないものあげて〜買い出し行ってくるから」
そんなクラスメイトたちの会話を聞きながら、看板の下書きを進めていく。
「オイラ行ってこよっか?」
「え、成宮くんいいの?」
「うん。誰かチャリ貸して〜」
「俺の貸すよ成宮」
「サンキュー」
クラスメイトであり同じ部活の成宮が買い出しに名乗り出ている。普段の姿からはそんなこと率先してやる人ではないと思ったいたから思わずそちらに目を向けてしまった。
ニヤリと成宮が笑った。すごく嫌な予感しかしない。
「なまえ、一緒に行こ」
『…わたしこれやってるから』
「いいでしょそんなのあとでも」
『一人で行けるでしょ?』
「野球部本番いないんだから買い出しくらい協力したら?」
ぐぬぬぬぬ…。成宮にしては正論だ。何も言い返せないわたしを見て成宮はすこぶる愉快そうだ。
「行くよね?」
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『てか自転車一つしかないじゃん』
自転車置場に来てから気付いた。わたしが乗る自転車がない。買い出しする場所まではここから結構離れているから歩くのはしんどいし時間がかかる。
「バカなの?後ろ乗るんだよ」
『成宮が?』
「は!?どこまでバカなんだよ!俺が漕ぐから後ろ乗れって言ってんの!」
結構怒っているのでこれ以上言ったらめんどくさいことになりそう…。成宮の言うことに従って、後ろの荷台に腰を下ろす。
あれ、手ってどこに掴まればばいいんだろう。荷台のとこだと不安定で怖いし…。
「…ちゃんと掴まれよ」
『どこに…』
「…ここ」
成宮が行き場のないわたしの両腕を掴んで自身の腰に回させた。これじゃあわたしが抱きついているみたいだ。
こんなに密着したのなんて初めてで、思わず離れようとしたら、「離したら振り落とすよ」という恐ろしい言葉が聞こえたのでおとなしく掴まっておいた。
そして自転車はゆっくりと走り出した。
いつもマウンドで一番を背負っている背中が、目の前にある。思っていたよりも広くて、あったかい。その体温が心地よくて、頭をその背中に預けた。
『成宮いい匂いする』
「は?」
『柔軟剤かな?何使ってるの?』
「寮にあるヤツだけど」
『えーじゃあみんなこの匂いするのかな』
「知らないよ」
『…秋大始まるね』
「ん」
『調子はどうですか成宮選手』
「なにいきなり…まあまあじゃない?」
『楽しみにしてるね』
成宮がマウンドに立った時の安心感は、稲実野球部のみんななら知っているだろう。それほど彼への信頼は厚い。
『それでもやっぱり学祭は出たかったな〜』
「なんでさ!」
『着物着てみたかった』
「あっそ」
『あんなにかわいくできるなんてすごいよね。似合う似合わないは別として記念に着てみたい』
「…まあ、似合うんじゃない?」
いつもの成宮なら絶対に言わない言葉を言った気がする。あまりにもびっくりしすぎて思わず『は?』と言ってしまった。
「だから!!なまえも似合うんじゃないのって言ってんの!」
いつも通り怒ってはいるけど、ちらりと見えたほっぺと耳が赤くなってたことは秘密にしておいてあげるよ。
『ふふ…ありがと』
「俺の方が似合っちゃうけどね!」
『…そうだね』
そう言ってわたしはより強く成宮に抱きついた。
「なまえ苦しい」
『離れる?』
「…ダメ」
二人乗り自転車