■ ■ ■
『洋一、古典の教科書貸してくれない?』
そう言いながら2Bの教室に入ってきたのは、同級生であり、同じ部活であり、そして幼馴染でもあるなまえだった。
「またかよ。いい加減にしろよ」
『だっていくら探してもないんだもん。絶対おばあちゃんが間違えて捨てたんだと思う』
俺と幼馴染ということは、こいつの地元も千葉だ。なぜ東京の高校にいるかというと、野球留学を決めた俺についてきただけ。本当に、それだけ。そのためだけに東京に住んでいる祖父母の家に上がり込み、そこから通っている。小さい頃から変なやつだとは思っていたが、ここまでぶっとんだやつだったとは。
『そういえばおばあちゃんが今度の試合見に来たいって』
「ぶっ倒れるだけだからやめろって言っとけ」
『そうなんだよね…でもおばあちゃん洋一に会いたがってたから』
「…オフの日に顔見せに行けばいいんだろ」
『さすがよく分かってる〜!じゃあよろしくね…あ、これ借りてく』
「あ、オイテメッ…」
そう言って俺の手からお目当てのものをするりと抜き去り、足早に逃げて行った。
コイツのじいちゃんばあちゃんの家には俺も小さい頃からよく遊びに行っていて、ずいぶん可愛がってもらった。高齢の二人は試合を観に来るのは辛いだろうから、今度顔を見せに行こう。
▼▲▼
『お、お疲れ様』
今日も今日とてきつい練習を終え、やっと晩飯だというときに、なまえが現れた。その手には数時間前に貸した古典の教科書が握られている。
『これありがとう』
「おーつか明日でもよかったのにな」
『えー?だってたぶん今日古典の課題出てるよ?B組』
…は?古典は今日2限だった…。あ、やべそういや今日最後らへん意識なかったわ。
「なんで知ってんだよ」
『んー?B組の友達がわかんないから見せてって昼休み来たから』
「お前んとこもう終わってんの?」
『うん』
「…貸せ」
『見返りは?』
「…」
『…』
「…ハイハイ。プリンな」
『生クリームのったやつ!明日のお昼でよろしく!』
「へーい」
ったく、プリンとか増子先輩かよ。そのまま古典の教科書となまえのノートを受け取り、なまえは片付けに向かって行った。俺は晩飯の時間だからと、食堂へ向かおうとしたそのとき。
「なんでお前ら何も言わないのに分かるんや?」
「こう何年も一緒にいれば嫌でも分かるわ」
先ほどのやりとりを見ていたらしいゾノがそう聞いてきた。
「…夫婦か」
…夫婦、ねぇ。
生まれたときからずっと、あいつは俺の隣にいた。それはもう、恋人とか、友達とかではなく、最早家族のように。だから、あいつの中で俺はそういう対象じゃないかもしれない。
ただ、俺は、ずっと。
「…倉持?」
「あ、ああ、なんだ?」
「食堂行かへんのか?」
この距離を壊したいと思うほどには、
あいつのことが好きだ。
僕の中で育つもの
倉持幼馴染シリーズになるかも?
title by すいせい