■ ■ ■

※社会人設定

「一也なんか知らない!」

そう啖呵を切り部屋を出てきてから、数十分が経った。もう少しで日付が変わる頃だろうか。

御幸一也といえば、今や知らない人はいないというほどの超有名なプロ野球選手だ。その野球センスだけでなく、整った容姿もまた、人気の大きな理由。

そんな超有名人で超モテ男の一也と、超一般人のわたしは、縁あってお付き合いをしている。そしてさらには、同棲を始めてからもう数年が経つ。
プロ野球選手の御幸は、毎日練習だったり試合だったり、はたまたテレビ局の収録だったりと、大忙し。家に帰ってはくるものの、二人でゆっくり過ごした日なんて数えるくらいしかない。

本当は休みの日に一緒に外に出かけたり、お家でゆっくり過ごしたり、そんな普通の生活に憧れてた。
だけど一也が忙しいのは分かっているし、カレンダー通りの休みのわたしとは休みが合わないことも理解している。
だからそれに関しては何も言ってこなかった。一也が必死で頑張っているのを知っていたから。

だけど、せめて二人にとって特別な日くらい。わたしの、誕生日くらい…。

もうお祝いされるような年でもないけど、やっぱりわたしにとっては特別な日で。何も特別なことをして欲しいわけじゃなくて、ただあと残りわずかしかない今日を一緒に過ごして、「おめでとう」の一言をくれればそれだけでいいのに。

今朝はわたしの方が先に出たからまだ顔を合わせていなくて、一也がようやく帰ってきたときには夜の10時を回っていた。

いつもよりちょっとだけ豪華にした夜ご飯も、一也が食べれるようにと甘さ控えめにしたケーキも、一緒に食べようとまだ手付かずのまま冷蔵庫に入っている。

だけど、帰宅した一也の様子があまりにもいつも通りすぎたので、思わず聞いてしまった。

『一也。今日何の日か分かる?』
「えー…今日…?」

分からないフリをしているのかな、それとも本当に分からないのかな。そんなことないよね。だって去年まではちゃんとお祝いしてくれていたから。

「それよりさ、お風呂沸いてる?俺今日疲れすぎて早く寝たいんだよね」

誕生日なんて、本人以外はただの平日だよね、なんて言っていた友達の声が蘇る。そうか、一也にとって今日は、ただの平日。特別でもなんでもない日。

『…ほんとに分かんない?』
「…何?」
『…』
「言わなきゃわかんねぇよ」
『ほんとに分かんない?』
「…ハァ…」

「なまえ、しつこい」

その一言についに我慢できなくなり、冒頭に戻るわけだ。

部屋を飛び出したのはいいけど、行くあてなんてない。お財布も携帯も、全部置いてきた。服装だって部屋着のまま。
でもそんなの気にしてられなくて、ただ一人になれる場所をがむしゃらに探す。

ようやく落ち着いたのは近くの公園のベンチだった。しばらく時間が経っていくらか冷えた頭で、先ほどのやりとりを思い出し、後悔する。

やだなあわたしの誕生日だよ。忘れてたの?仕方ないなあ、くらいで流せばよかったのに。

そうしたらきっと、一也だってああ、忘れててごめん。誕生日おめでとうって、言ってくれたはずなのに。

今まで我慢してた分が、爆発してしまったみたいだ。
呆れられたらどうしよう。
そんなことで怒るならさよならな。なんて言われたら、わたしは…。

そこまで考えて、ぶわっと涙が溢れてきた。さっきまでは我慢できてたのに、彼との別れを想像してしまったらもうダメだった。

わたし一也のこと、大好きなんだよ。

「なまえ!」

名前を呼ばれた気がして顔をあげると、そこにはいつもの冷静さを失った彼がいた。

『か、かずや…』
「っ、お前心配させんなよ!どんだけ探したと思ってんだ!しかもこんなとこにいて!何かあったらどうするんだよ!」

両肩を掴まれて、一也にしてはとても珍しい大きな声。息もあがってるし、汗もかいてる。…さがして、くれてたんだ。

『ご、ごめん…』
「ごめんじゃないよ…どんだけ心配したと思って…」

両肩にあった一也の手が、わたしの身体を包んで抱きしめた。

『ご、ごめんなさい…』
「…いや、ごめん。…謝るのは俺の方だ」

抱きしめてた身体を少し離すと一也は目を合わせ、いつもより低い、でも優しい声でわたしが欲しかった言葉をくれた。

「…忘れててごめん。…誕生日、おめでとう」

『っ…』
「ごめんな?」
『ううん。いい。ありがとう…』

こんなに必死で探してくれて、わたしの欲しい言葉をこんなに優しくくれる。それでもう十分だ。

「今週末オフあるから、一緒にプレゼント買いに行こうぜ」
『い、いいの?』
「オフ重なるなんて滅多にないから。たまにはどっか出かけようぜ」
『うん!』

一也からのおめでとうももらったし、今週末は久しぶりのデートの約束。
こんなに嬉しい誕生日プレゼントはないよ。

久しぶりに手を繋いで家までの道のりを歩いた。そして日付は変わってしまったけど、冷蔵庫の中の料理とケーキをおいしいねって言いながら一緒に食べた。

▼▲▼

やってきた週末、一緒に外に出かけてプレゼントに靴を買ってもらった。幸せな気分で家にかえってくると、机の上に見慣れないものが置いてあった。

『…一也、これ、』
「最近ずっとこれ探してて…。帰りも遅くなるし、終いにはなまえの誕生日も忘れるしで」

「…ほんと、だめなやつなんだけど。なまえとずっと一緒にいたいんだ。……俺と、結婚してくれる…?」

「……っ、はい」
Would you marry me?



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -