「…みょうじ」
わたしたちの関係がどうなるのか、それは彼次第だった。だってわたしはどうしようもなくこの人が好きだ。だから、もしお別れがくるとしたら、彼の方からそれを言われた時。
放課後、珍しく倉持から一緒に帰ろうとお誘いがあった。その時点でなんとなく分かってはいたけど、無理矢理いい方向に考えていた。
だけど、わたしを呼ぶ声ではっきりと分かってしまった。声色一つで分かってしまうくらいに、どこまでもわたしはこの人が好きなんだ。
「俺東京の高校行くわ」
『…うん』
「そしたらたぶん俺、野球のことしか考えらんねえ。…野球してぇから」
『…やっぱり大好きなんじゃん』
「…うん」
東京っていっても千葉からはかなり離れるし、寮にも入る。文字通り、野球漬けの毎日。
「…だから、」
『倉持』
核心に迫るその言葉を遮るようにして彼の名を呼ぶ。そこで遮られると思わなかったのか、倉持は少しびっくりした顔をしている。
『それまで』
「は…」
『倉持が東京に行くまでは、一緒にいさせて』
東京の学校からスカウトを受けた。 そのことを聞いてから短い時間で考えて出した結論は、少しでも彼のそばにいること。
力強く、ゆっくりそう言うと、目をこれでもかと見開いてわたしを見る。わたしもその目を見つめる。
「…いいのか」
『うん』
倉持の野球をしている姿が好きだ。
でもきっとわたしのこの気持ち以上に、彼は野球が好きだ。
わたしが傷つかないような言葉を選んで言ってくれているけど、結局は彼のこれからの野球人生にわたしは重荷になるということ。
三年間、彼が好きな野球に集中できるように。
『倉持』
「…」
『…倉持、』
「…うん」
『わたし、倉持が好きだよ…』
倉持、そう呼ぶたびに目がぼやけてしまう。倉持の顔が見えなくて、まばたきをするとすーっと冷たいものが頬を伝っていく。
倉持がそれをぐっと親指で拭ったあと、きついくらいに抱きしめられた。
「…俺も、なまえが好きだ」
夏以来、その言葉を聞くことはなくて少し不安な時があった。だけど、倉持もわたしと同じ気持ちを持ってくれていた。
『名前で呼ぶの、反則だ…』
「ヒャハ、呼びてぇんだから我慢しろ」
我慢も何も、嬉しすぎてまた涙が出てくる。ちゃんとわたしはこの人に好かれていた。独りよがりな関係じゃなかった。
『…よういち』
「っ、んだよ」
『…なんでキレ気味…』
「うっせ慣れてねぇって言ってんだろ」
わたしたちの関係は、彼が東京に行くその日まで。
最後の一年を、彼とどう過ごそうか。