「あー残念だったね」
まだ肌寒い4月。中学三年生になったわたしに待ち受けていたのは、クラス替えだった。他の大多数の人たちが楽しみにしているであろうクラス替えが、こんなに憂鬱になるなんて。
わたしの悲痛な叫びはあっさりした友人によって一蹴されてしまったが、とてつもなく落ち込んでいる。
始業式のあと、他のクラスの中にいた倉持を見て胸がキリッと痛んだのは本当の話だ。
「お前まだ落ち込んでんのかよ」
『だって…』
その日の放課後、ようやく話すことができた倉持が、わたしのあまりの落ち込みようを見て少し引いていたのは気のせいだと思いたい。
「ったく…これで機嫌直せよ」
ガサゴソと制服のポケットから取り出したのはわたしの好きなチョコレート。何度か倉持にもあげたことのあるそれを、覚えていてくれたのかな。
『倉持…好き…』
「ヒャハ、単純なやつ」
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「なまえは倉持と同じ高校行くの?」
中学三年生になったと同時に受験生にもなったわたしたちは、引退を控えた部活動にも精を出しながら進路についても考えなくてはならなくなった。
『行きたいなあとは思ってるけど』
「倉持ってどこ行くんだろ?野球の推薦とか来てそうだよね」
『あー何校か来てるって言ってた』
「やっぱり!じゃあなまえもその辺受けるんだ」
『今のところそのつもりかなあ』
自分からすごく行きたい!と思う高校はないし、だったら倉持と一緒の高校がいいなあと考え始めたのは数ヶ月前から。そのときからわたしの志望校は、野球がそれなりに強いところに限定されたのだ。
そう思っていた矢先、ある事件が起きてしまう。
「倉持推薦蹴られたって」
『え…』
倉持が、市議会議員の子ども相手に喧嘩をふっかけたらしく、そのせいで声をかけてくれていた高校がすべて白紙になったと。噂が流れるのは早くて、本人に聞く前にそのことを聞いてしまった。
倉持のことだから自分から喧嘩なんて売っていなくて、彼が大切にしている野球部の仲間のためなんだろう。
それが本当だとしたら、彼はどこの高校に行くのか。
『倉持…!』
部活も参加できなくなった倉持と話したくて、部活をサボって昇降口から出て来た彼を追いかける。
「…おー」
『倉持、高校…』
「ま、なんとかなるだろ」
『だって野球は…』
「…べつに」
『…あんなに、野球好きじゃんか』
「あ?」
野球部がある高校なんてたくさんある。だけど、倉持の野球への気持ちに見合った高校なんて、きっとこの辺りには残されていない。
「…なんでお前が泣くんだよ」
『分かんない…でも倉持は野球してないとダメだよ…』
「ヒャハ…」
倉持がスカウトを受け、東京の高校に進学を決めたことを聞いたのは、次の日だった。