『あー…うん』
そんな会話をやっとできるようになったのは、高校に入学してから数ヶ月が経った頃だった。
卒業式のあの日、誰もいなくなった教室で気がすむまで泣いた。今までの人生でこんなに泣いたことないってくらい、目は真っ赤になったし汚いけど鼻水も止まらなかった。それこそ倉持に見せられる姿じゃなかったから、結果オーライだ。
そのあとの春休みも入学式も、周りの友達が楽しんでいるのをただへらりと笑って見ることしかできなかった。
だけど、わたしがこう落ち込んだところで倉持がそばに来てくれるはずもない。そんな簡単なことにようやく納得できたのは、じんわりと汗ばむ季節になってからだった。
「わたしと中学一緒の隣のクラスのやつがさ、なまえかわいいって言ってるんだけどどう?」
『いやーどうと言われても』
「何その反応…あんたほんとに女子高生?」
『女子高生です』
「普通はもっとさー…」
人生でたった3年しかない高校生活。みんな勉強はそこそこに部活やバイト、そして恋愛に奔走する。
『…わたしはいいよ』
「…そっか」
入学してから仲良くなったこの友人には倉持のことを話した。たまにこうして新しい恋を勧めてきてくれるものの、それに応じる気持ちはわたしの中にはまだなくて。
『ごめん』
「いや大丈夫。てか倉持くん?そんないい男ならわたしも見てみたいわ」
▼▲▼
『…え、倉持?』
その日の夜、自室でゆっくり携帯をいじっていると、画面には久しぶりに見る彼の名前と着信中の文字。
出るべきか出ないべきか、数秒考えたわたしの出した結論は、きっと最初から決まっていた。
『…もしもし』
「あ、出た」
恐る恐る携帯を耳にあてて放った言葉に返ってきたのは、明らかに倉持ではない声。画面を耳から離して通話中の人の名前を確認する。やっぱり倉持だ。
「もしもーし」
『え、と…倉持は…』
「倉持?そこにいるけど」
『…野球部の人ですか?』
「そう、先輩」
『…はぁ。わたしに何か…?』
「倉持の彼女って…」
「亮さん!!」
そのとき、わたしがずっとずっと聞きたくて堪らなかった声が聞こえてきた。先輩の名前、亮さんって言うんだなんて頭では考えつつも、久しぶりの倉持の声に涙が出そうになる。
「ほんと勘弁してくださいよ…」
「地元に彼女いるとか生意気」
「ふざけんなよ倉持!!」
「うが!」
未だに電話は繋がっていて、先輩らしき人たちの声が聞こえてくる。野球部って上下関係厳しそうだしこういうのもあるんだな。それよりもわたしが気になったのは。
「…あー…もしもし」
やっと先輩たちを巻いたのか、静かになったところで倉持の声が先ほどよりも大きく響く。
『くらもち…』
「…ワリィ、先輩たちに携帯取られた」
『全然、大丈夫…』
「…ヒャハ、やっぱ泣き虫だなお前」
『…しょうがない、じゃん』
『…わたし、まだ彼女だったの?』
「あー…なんかそういうことになってっけど…ちゃんと言っとくわ」
倉持の変わらない声を聞けて、先輩がわたしをまだ彼女だと認識していたということに少し浮かれすぎていたのかもしれない。
『…そっか、分かった』
「っ、やべ、呼ばれてるから…切るな」
『…うん』
「…またな」
きっと倉持はこの後わたしを彼女ではないとみんなに言うんだろう。別れたんだから当たり前だ。だけど、倉持の中からわたしも消えてしまいそうで怖くなった。