※鬱臨也











日が暮れかけたこの時間。

普段なら取り立てで忙しいハズだが、今日の回収分がすんなりと片づいてくれたおかげで珍しく暇を持て余していた。
ふらふらと街中を歩いたところでやることもない。加えて周囲の人間を驚かせてしまうということもあってこういう日は何をするでもなく、自室で煙草をふかしながらテレビを眺めるのが習慣になっていた。


『明日の東京のお天気は、』

『さて、ここで登場するのが本社の新製品!』

『ひどい、私のこと騙したのねっ』

『世界自然遺産にも登録されている、』


くるくるとチャンネルを回している最中にドラマの特集番組を見つけた。


『次は今期話題のドラマですが、』


ドラマなど一部を除いて殆ど見ることがないから、普段なら他のチャンネルと同じようにスルーしてしまうところだったけれど。
安っぽいテレビセットの後ろに張られた大きなポスターが目に付いたから。大袈裟にも思える効果音と共によく見知った人間が画面に現れた。


『それでは今回のドラマで主演をされる、羽島幽平さんにお話を伺いたいと思います』


インタビュアーの板に付いた笑顔に羽島幽平がはっきりとした感情の起伏を持って応えている。
恐らく事務所の人間にそう演技するようにと言われたのだろう。


「幽、頑張ってんだな、」


ぽつりと漏らした呟きがテレビから聞こえる軽快なメロディとあまりにもそぐわなくて何となく笑えた。






そこに新たな音が加わる。
リリリ、という呼び出し音。
帰ってきてから充電器にさしておいた携帯が震えながら着信を告げている。折りたたみ式のそれを開くと『非通知』の文字。
少し迷ったけれど通話ボタンを押した。


「もしもし、」


自分がそう言ったのに相手は黙ったまま。不審に思ったけれどそのまま沈黙を保つと、しばらくして耳慣れた声が聞こえた。


「……シズちゃん、」

「なんだ、てめぇか」


電話の相手は臨也だった。
仕事柄とかなんとか言って携帯をいくつも持っているから、あいつからの連絡は話してみるまでそうだとわからない。以前プライベート用だとか言って半強制的に教えられた携帯番号は登録してあるが、その番号からの着信は数えるほどだ。


「今日はお仕事ないんだね」

「たまたま早く終わったんだよ」

「ふぅん、なにもすることないんだ」


いつものように自分の神経を逆撫でするような口調ではなくどことなく弱々しい口調から長年の付き合いというか腐れ縁から臨也の精神状態が嫌でもわかった。


「なかったけど、今思いついた」


外から電話してきているからなのかざわざわと人の声や車の音が聞こえる。通話相手の臨也はわずかな息づかいさえ聞き取らせてくれない。


「今から家戻って待ってろ、俺が着くまでに戻ってなかったらぶん殴る」


電話口で何を言ったところで今は何も答えないと分かってるからこそ、一方的にまくし立てて電話を切った。











高級感漂う高層マンションのエントランス、インターホンで最上階を呼び出すと相手が出る様子もなくオートロックが解除され、そのままエレベータに乗り込む。部屋のドアノブに手をかけると鍵もかかってなくてすんなりと開いた。
俺の住んでる家賃いくらのアパートなんかからは想像も出来ない小洒落たデザインの階段を上って寝室に足を踏み入れる。セミダブルのベッドの上で壁に凭れて力無くへたりこむ家主の姿。

自分が部屋に入ってきたというのに何の反応も見せずただどんよりとした目で携帯のディスプレイを見つめている。


「おい、」


呼びかけてみたけれどぴくりとも反応しない。臨也、と名前を呼ぶことでようやく顔を上げた。


「やぁ、シズちゃん、」


へらりと笑った口元もどこかひきつっていてどうにも見ていられない。ベッドに乗り上げて臨也の携帯を取り上げると案の定ディスプレイは待ち受け画面のままだった。



臨也は時折こうして鬱状態に陥ることがある。
きっかけは様々で同じ出来事が初めて起こったときは平気だったのに二回目では鬱症状を引き起こしたり、また一回目で鬱症状を引き起こしたのに二回目はけろりとしているなんてことも珍しくない。
ただ鬱症状を引き起こしたときには共通して、夕方あったように俺に電話をかけてくるようだった。
何故かは知らない、けれど例外なく自分にかかってくる。


「今日はなんか食ったのか」

「ううん」

「なんか食わねぇと倒れるぞ」

「でも何も食べたくない」

「なんか食いやすそうなモン買ってきたから食え」


がさがさと音を立ててコンビニのビニール袋をひっくり返す。綺麗なままのベッドシーツの上にスポーツ飲料のペットボトルやゼリー状栄養剤、ヨーグルトとゼリーが広がった。


「どれなら食える」


ぼんやりとしたままの臨也が視線を俺が買ってきたものに滑らせるけれどしばらくして首を振る。


「いい、」

「食わないなら無理矢理流し込むぞ」


むっとして答えると先ほどまでの力無さから一転、大声を上げた。


「いらないって言ってるだろ!!!」


言い切ってすぐにげほげほと咳込む臨也の背中をさすろうと手を伸ばす。途端に両腕で身体を掴まれた。


「おい、臨也っ」


バランスを崩して片腕をベッドに突く。文句を言い始める前に臨也が顔をシャツに押しつけてきた。

シズちゃん、そう聞こえた声は酷く掠れている。


「俺のこと、きらわないで、」


頭を押しつけられた肩の部分が湿る感触。俺は出来るだけそっと臨也の背中に両腕を回した。


「俺はここにいるだろ」

「でも」

「でもじゃねぇ、ここにいてやるから」


とんとんと背中を軽く叩くと自分の腕に収まった存外に細い身体がぴくりと震えた。両肩を掴んで身体を起こしてやると目元が少し腫れかけている。


「赤くなる前に冷やせ、んな情けねぇ顔で外出歩けねぇだろ」


タオルを濡らしに行こうとベッドから立ち上がると臨也が俺の袖を掴んだ。


「ここにいてくれるんでしょ」


俯いたままで表情は解らなかったけれど、肩が震えているからまだ泣いてるんだろう。
腰をもう一度降ろして臨也のことを抱きしめた。


「大丈夫だ、大丈夫だから」


そう言うと俺の背中に回された臨也の腕に力が込められた。


「ここにいて、」


そう口にして臨也が冷えた唇を俺のものに重ね合わせた。











揺さぶられて、     落ちる











[fin.]
2011.04.20.

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せっかく静雄の日なのに鬱話とか自分残念すぎて


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