※9巻ネタバレ、中学時代
※新セル前提
















例年この時期に生徒会主催で執り行われる学園祭。

学生にとっては年に一度の一大イベントであるそれを来週に控えた今日、誰もがそわそわと落ち着かず、午前中だけに短縮された授業もそこそこに準備に追われていた。



ここ、来神中学校では例年一年生から三年生までの各クラスが店を出すことと出し物をすることが義務づけられている。
そうはいっても店や出し物に関しては中学生ということもあってあまりおおっぴらなものは出来ないのだが。



同級生である折原臨也と岸谷新羅。

今回が最後の学園祭となるふたりの学園祭に対する態度はまさに"対照的"であった。
ふたりのクラスの出し物は学園祭の定番である劇、そしてその題目はというと。





臨也は率先して裏方を選んだ。
幸い手先が器用だったことも手伝って数名の女子と分担して衣装の製作を手がけ、当日は照明の担当。両方の仕事に関して最低限の打ち合わせしか必要としないからだ。

近すぎず、遠すぎず。

それが中学三年間における折原臨也のクラスメイトに対する一貫した態度だ(ただ同じ生物部の岸谷新羅に対してはあまり当てはまらないのだろうが)。
臨也本人が『積極的に』深い関係を持とうとしなかったこともあるし、臨也の為人を聞きかじった人間をはじめとするクラスメイトたちが『積極的には』臨也と関わろうとしなかったことが起因しているのだろう。
入学早々、他のクラスメイトから一線引かれていたのは本人も自覚していたし、それで問題ないと思っていた。



岸谷新羅は率先して主役を選んだ。
自分たちの思う"格好良さ"を演出するために大半の生徒が出し物に対して(表向きは)消極的な態度を見せる中で新羅は『是非に』と名乗りを上げたのだ。
ほかのクラスメイトたちは特に反対するでもなく(もっとも臨也とは違った意味で"変わり者"と認識される新羅に関わりたくなかっただけなのかもしれないけれど)すんなりと新羅は主役に収まった。






文化祭の準備に追われているとはいえ生き物(たとえそれが栽培しやすいと言われる食虫植物であっても)を扱う生物部が部活動を休止するわけにもいかず、通常通りに放課後の生物室に通っていた。

数名の部員を曜日ごとに振り分けたシフトは同じクラスの方が都合があわせやすいだろうという考えのもとに作られている。
当然の結果として放課後の部活動でも新羅と臨也は行動を共にすることが多かったのだ。






臨也の場合、新羅と関わり合いを持つのは『趣味』である人間観察のためだ。
誤解のないように付け加えておくと、深く関わっているといってもあくまで他の生徒や教師と比べて、というだけで他の人間からみれば浅薄な付き合いなのだろう。
それはお互いがお互いの領域に足を踏み入れないというだけでなく、お互いの領域を見ようともしないのである。

相手が何を見て何を思うのか、どう考え、行動するのか。

その一切に関して把持こそすれ、そこに理解はなく、また必要ともしていない。





入学早々、多くの生徒たちがそれぞれのコミュニティを作っていく中、その様子を一歩離れたところから眺めていた自分に突然『生物部を創らないか』などと誘いをかけてきたのが新羅だ。

その時は『興味ない』とばっさり切り捨てたが、よもや一ヶ月後にあっさりと彼の申し出を了承することになるだろうとは思いもしなかった。初対面にも関わらず自分のスタンスを一切崩すことなく、『人間を見るのが好きなんだろう?人間だって生物なんだ、だから生物部に入ってほしい』と言う新羅に対して感じた違和感と興味。



それ以来臨也は新羅に特別の注意を払い、そして気がついた。

彼は、岸谷新羅は人間を『見ていない』ということに。
そしてそこから生じた新たな疑問と好奇心。



いったい『何を見て』いるんだろう、その答えを知るために臨也は新羅の申し出を受け入れたのだが。





その関わりからひとつ、臨也にとっての誤算が生まれた。

『全ての人を愛している』という自負に対する僅かな疑問。
もちろん自分が『人間』を愛している、けれど彼に対して自分が抱くのは興味ではなく新羅が『人間ではないなにか』を『愛して』いるのを知った上での別の感情であり、今まで出会ってきた誰とも違う、何を見ているのか解らない彼に対して『人間』に対してのそれ以上のものを自分が持っていることを認めざるをえなかった。




「ねぇ、なんで主役なんてやろうって思ったの?」



そう尋ねこそしたが特別の意図はない。
その上にこの三年間の付き合いで新羅がこの問いかけに対してどう答えるかは容易に予想できた。



「決まってるじゃないか、彼女のためだよ」



新羅は振り向きもせずに行儀よく並んだプランターに植えられた食虫植物に水で満たされたじょうろを傾けていく。乾いた人工の腐葉土が水分を得て色を濃くする様子を臨也はぼんやりと眺めていた。
しばらくして植物に水をやりおえた新羅が生物室の片隅に置かれた活動日誌を開いて自分と臨也の名前を記入したところで、何かを思い出したかのように、あ、と呟いた。



「そうだ臨也、劇の練習に付き合ってくれないか?」

「どうして?」

「実は相手役の女の子とどうも時間の都合が合わなくってさ、ひとりで練習するよりは雰囲気出るかと思ってね」

「時間が合わないのは君が生物部以外の仕事のために学校に残ろうとしないからだろう?」



自分の嫌みにも特に反論することなく苦笑混じりに新羅が自分の鞄からステープラーで綴じた冊子を取り出した。
臨也が付箋の付けられたページを開くとおそらく知らない人はいないだろう有名なシーンの台詞。
臨也は白面に印字された通りに台詞を読み上げた。



「あぁ、ロミオ、あなたはどうして」

「臨也、それじゃダメだよ」



たったそれだけを口にしたところで新羅に待ったをかけられた。
わざとらしく怪訝な表情を浮かべると新羅が両手を肩の高さまであげて大げさに溜息を吐く。



「もっと気持ちを込めてくれないと」

「俺、男なんだけど」

「違う、男か女かじゃなくて気持ちの問題なんだ」



大真面目にそう宣った新羅は自分なりの役への入り方なのか、この生物室に入ってから身につけている白衣の袖から腕を抜いてマントのように羽織り直した。
ほら、と台詞を促されて、今度は出来るだけ抑揚をつけて台詞を口にする。





あぁ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの
私を思うのなら、あなたのご主人を捨ててどうかお名前を名乗らないでくださいな
もしそうなさらないのなら、私への愛を誓って欲しいですわ
さすれば、私はキャピュレット家の人でなくなりましょう、





顔をあげて新羅を見やると、目を軽く閉じて身振りを交えながら吐き出された言葉は台本に印刷された通りの台詞。



「ジュリエット、もしあなたがこの名前を気に入らないのなら、もう僕はロミオではありません、」



窓際にたどり着いた新羅がくるりと振り返り、まだ高い日光を背に受けて逆光の中で微笑み、白衣の裾を翻して恭しく頭を下げた。



「恋人とでも、なんとでも、好きにお呼びください」



これは単なる演技の練習で、自分はあくまで当日ヒロイン役を演じる女の子の代わりで、さらに付け加えるならばその女の子でさえも新羅にとっては彼の愛する対象の代わりでしかないのだろう。

それが解っているのにこの高まった鼓動はなんだ。



『キミは一体、誰を見ている、』



沸き上がった思いを無理矢理に思考の奥底へと押し込める。
今ここでその思いを言葉にすれば後に後悔してしまいそうで、それがたまらなく嫌だった。











   
(
)



[fin.]
2011.03.03.


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