「ねぇシズちゃん」


苛立ちを込めて呼びかけてみてもシズちゃんは、んー、と返事をするだけ。
恋人を自室に招いておきながらこれはあんまりな扱いなんじゃないかな。

大袈裟に溜息を吐いてもシズちゃんは相変わらずシャープペンシルを握ったままこちらを見向きもしない。



毎年、本格的な冬に入ろうかというこの時期、全国の例に漏れず俺たちの通う高校でも期末考査が実施される。
それさえ終えればあとは冬休みだ。夏休みほどではないがそれなりに長期にわたる休暇に心弾ませる学生もさぞかし多いことだろう。

しかし冬休みを心おきなく満喫する為には来週に控えた期末考査で自分なりに納得する成績を出さなければならない。当然、赤点回避のために補講に出なければならない者も出てくる。

そこで、だ。

そんな大切な時期に俺が今何をしているかというとシズちゃんの自室で教科書を開いて赤字で書かれた公式をひたすらノートに書き写しているわけだが。
断っておくけれど俺は学年でも最上位とまではいかないけれど毎回の考査でそれなりの成績を納めてる。

そんな俺がなぜこうも切羽詰まってこんなことをしているのか。


となりに座ったシズちゃんのノートを覗き込むと単純なはずの計算式がいつのまにやらノートの横幅いっぱいの文字の羅列と化していた。


「シズちゃん、そこに代入するのはそれじゃない」

「あ?こっちか?」

「違う、それでしょ」

「ならそうと早く言えよ」


ちょっと待って何で俺が責められるわけ、今の流れだと俺は礼を言われて然るべきなんだけど。

今度はシズちゃんにバレないように溜息を吐いた。

もうお分かりだろうけれど、俺は毎回の考査で赤点補講ギリギリのシズちゃんに勉強を教えている。

しかも今までギリギリとはいえ赤点を回避出来ていたのは新羅が試験前に教えてくれるからだそうだ。
シズちゃん本人が誇らしげに言ってた。
俺思うんだけどそこ全然威張るとこじゃないよね。

ところが今回の期末考査で件の新羅は父親に急遽呼び出されて、試験の前日までどこかへ父親の出張に付き合うらしい。

そこで白羽の矢がたったのが俺ってわけ。


『いいじゃないか、自然な流れで静雄と2人きりになれるんだ千載一遇の機会、逃す手はないと思うよ?』


あ、なんかむかつく台詞まで一緒に思い出しちゃった。新羅は帰ってきたらシメる。


「おい」

「なに?」

「出来た」

「見せて、んー……、ここだけちょっと違う」

「こうか?」

「そうそう、やれば出来るじゃん」


いや、勉強教えてくれって言われたから教えてるんだけどさ。

なんかこう、ほかにないわけ?

俺たちは付き合ってるんだよ?
世に言う恋人同士ってやつなんだよ?


学校ではそれこそ四六時中喧嘩ばかりしている問題児という認識をされているけどさ。ドタチンと新羅は知ってるけどね。

付き合ってるって言っても付き合い始めたのはつい最近のことだからまだお互い手探り状態。俺はともかくシズちゃんが特に。

なんていうか色々小愉快な勘違いをしてるみたいでさ。今まで生きてきた17年間での恥ずかしいエピソードワースト3がこの1ヶ月で一気に塗り変えられた。


まぁ色々あったとはいえ、あれから1ヶ月余り。

今まで通り喧嘩もするけれど、たまに早く授業が終わった日なんかはわざわざ知り合いにあわないように遠回りして一緒にぶらぶらしたりするくらいにはなった。


ただ問題なのはそれだけだということ。

こう、世間のカップルのようなことはなにひとつしていない。
たとえば手を繋いだり、キスをしたりね。そりゃあ俺たちは男同士だから公衆の面前でそんなこと出来っこないし、(男女でも公共の場でやられたら目も当てられないし)俺のプライドがそんな自分の醜態を晒すつもりはなかったから良かったんだけどね。

あ、シズちゃんの恥ずかしい姿ならいくらでも晒してやりたいけど。


そんな感じでなんとなくもやもやしてる俺のところに新羅があらわれたわけだ。
シズちゃんの家庭教師を押しつけられ、その日の夜に明日の放課後に勉強を教えてくれ、とシズちゃんからメールが届いた。



何気なくシズちゃんの家で靴を脱いでいるときに『今日は遅くまで家族は帰ってこないから』という最高の殺し文句を宣ったものだからこっちが意識していないようにしていた『人目のない場所での2人きり』という状況を嫌でも意識させられた。

だというのにシズちゃんの部屋に入って1時間、シズちゃんはノートとにらめっこしたままなんだよ。


いいんだよ?
真面目にやってくれるのは凄く凄く嬉しいんだけど。


「ねぇシズちゃん、」

「ん」


だからせめて顔上げない?
さすがの俺もちょっと傷つくんだけど。
でもこんなところで挫けるわけにはいかない。
シズちゃんが中学生顔負けの朴念仁だってことくらいこの1ヶ月で身に染みてわかってるだろ。


「俺のことすき?」

「ん、って、はぁ!?」


あ、やっと視線合わせてくれた。部屋に入ってからまともに目合ってなかったような気がするのは気のせいじゃなかったみたい。
ものすごく久しぶりにシズちゃんの顔見た気がする。
これ普通の女の子だったらショックで泣いちゃうよ?俺は泣かないけど。


「なんだよ急に」

「だってシズちゃん、俺のこと全然見てくれないし」

「お前のこと見てたら勉強出来ねぇだろ」

「それはそうなんだけどさ、っていうかそういう意味じゃないし」

「じゃあどういう意味だよ」

え、なんで?
なんで俺責められてるの?
っていうかさっきも同じようなこと言った気がするんだけど。


「だってさ、ご両親は旅行中で、弟君は仕事で」

「それがどうした」


どうしたってそりゃないよ!
返せ!シズちゃんの部屋で人目を気にすることなくいちゃつけるんだと思って舞い上がった俺のときめきを返せ!

だめだ、なんかむなしくなってきた…。


「シズちゃんの部屋で2人っきりなのに」


じとりと睨みながら呟くとシズちゃんが途端におろおろしはじめた。
今になってその反応ってことはまさか今までの俺の声色って全く気にしてなかったってこと?
あれなんか、目から汗出てきたんだけど。


「キスのひとつくらいする甲斐性ないわけ?」


半ばヤケクソになって言い捨てると自分の声が思ったよりも震えててちょっとばかし焦った。

なんだか俺ばっかりがシズちゃんのこと好きみたいで。


「お前、何言って」

「『今日は家族いないから』って家に呼ばれたら普通期待すると思うんだけど」

「俺は勉強を、」


困ったシズちゃんの声を聞いて口を噤む。
理不尽なことを言ってるのは自分だってわかってる。
俺は新羅に頼まれてシズちゃんの勉強見てるんだよね。
わかってる、わかってるけどさ。
シズちゃんの言い分の方が正しいてわかってるからこそ、……悔しいんだよ。


「あっそ」

「おい、臨也」

「いいよもう、変なこと言ってごめん、さっさと試験範囲終わらせよ」


早口で言い切って、シズちゃんの手元の問題種のページをめくる。
こうなったらさっさと家庭教師を終わらせてしまおう。
これ以上シズちゃんに情けない姿を見せたくない。


「ほら、次の問題」

「臨也」

「なに、まだ何も書いてないってことは問題の意味がわかんないわけ?」


わざと突き放した言い方をした俺の言葉を最後まで聞かずに腕を捕まれた。
そのままどさりと床に押し倒される。

「いっ、何がしたいわけ?」

「自分で誘ったんだからな」

「は?何のこと?」


本気でシズちゃんの言葉の意味が解らなくて顔を上げた瞬間、お互いの吐息が感じられるほどシズちゃんの顔が近くて自分のひゅっと息を飲む音が聞こえた。

なにこれ、息が出来ない。


「自分で言っといて今更拒否権なんて認めねぇからな」


普段とは違う、にやりと意地の悪い笑みを浮かべながらシズちゃんが自分の上唇を嘗めた。
普段のシズちゃんらしくない色っぽい仕草に不覚にも胸が高鳴る。
シズちゃんがただでさえ近い顔を更に近付けてきて、緊張で渇いた俺の唇を舌でなぞった。









「後悔すんなよ?」











[fin.]
2010.12.03.


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