「夕方の海もいいなー 」

ひとり呟いて、堤防を歩く。
白い堤防は、夕日の中で橙色に染まっていた。

「ふ……ふふん……ふん」

鼻歌を歌う。
いつもと違う色の道に胸を踊らせ、十代は笑った。

ぱたぱたと靴底を鳴らし、スキップしかけたとき、十代の視界にひとりの少女の姿が映り込んだ。

「あれ? 砂夜子」
そこには魚釣りをする砂夜子の姿があった。砂夜子は釣り椅子に腰掛け、釣竿を海に垂らしている。

『……遊城十代か』
砂夜子は視線だけを十代に寄越し、釣竿を動かした。

「どうだ? 釣れてる?」

『……まあまあだ』
そう言って、砂夜子は傍らに置いてあったバケツを十代に差し出した。
十代はバケツを受け取ると、砂夜子の隣に腰を下ろし、中を覗き込んだ。

「……うわ、何これ深海魚!?」

十代は驚いたように目を丸め、バケツの中をまじまじと眺める。
バケツの中には、本やテレビでしか見たことのない異様な姿の生物達がたゆたっていた。
鋭い牙を携え、白く濁った瞳を持つ不気味な相貌の頭、灰色掛かり、粘液に包まれた体、半透明の鰭。
浅瀬の海にいるとは思えないような魚達が、バケツの中で浮かんでいる。
まるで、魚というよりエイリアンのようだと十代は思った。

「こ、こんな魚……この辺の海で釣れるんだ……」

『この星の海は豊かだな。美しい』

そう言って釣糸の先を見つめる砂夜子の横顔を十代は見た。
そして口を開く。

「なあ、お前がいた星ってどんなとこなんだ? 本当に宇宙人なら教えてくれよ」

十代の問いに、砂夜子は少しだけ考える仕草を見せる。
そして、地平線の先に沈んで行く太陽を見据え、語り始めた。

『……光に支配された真っ白な星だ。海も、空も、何もかも白く染まり、眩しくて眩しくて、とても地上では暮らせない星だった。私達は地下都市を築き、太陽の光を知ること無く生きてきた』

「……光に支配された真っ白な星……」
十代は、小さく砂夜子の言葉を繰り返す。砂夜子はちらりと十代を見ると、続けた。

『かつて……はるか昔は、美しい星だったいう。だがある時、宇宙の果てで続いていた光と闇の闘いに巻き込まれ……変わり果ててしまったそうだ』

「それって……」

十代は、砂夜子の話に聞き覚えがあった。
光と闇の闘い。
全てを飲み込む光の力を持つ者と、全てを包み込む優しい闇の力を持つ者が、太古より宇宙で争っていた……。
その話を、十代は以前、惑星イオで出会ったネオスペーシアンから確かに聞いていた。

『一目見たとき、確信した。お前は正しき闇の力を持つ者だと』

砂夜子は釣竿から片手を離し、十代の額に人差し指と中指を添えた。

『遊城十代、お前の持つ闇の力は優しい波動を放っている。だが、気を付けろ。お前の闇の力は鋼のように硬く、花のように脆い。
もし使い方を誤れば、鋼の刃は己を貫き、嵐に飲まれた花のように己を散らすだろう』

「…………」

砂夜子は最後まで静かに語り終えると、十代からそっと指を離す。
十代は、目を見開いたまま動けず、何も言えなかった。

「……砂夜子、お前は」

『……そうだ、良いものを見せてやろう』

砂夜子が十代の言葉を遮る。
そして、釣竿を片付け始めた。
十代はその様子をぼんやり眺め、その後いつの間にか黒く染まっていた海を見る。
黒い海は、灯台の光を受け、時々輝く。その光を目で追う十代の耳に、砂夜子の声が届いた。

『頃合いだ、見てみろ』

砂夜子が海面を指差す。十代は言われた通りに、海面を見下ろした。
砂夜子は、バケツの中の魚達を海に放すと、首に下げていた小さな地球儀を掲げる。
そして目を閉じた。
十代が不思議そうに見守るなか、砂夜子の手の中の地球儀が青白い光を灯す。
すると、不思議な光景が十代の目の中に飛び込んできた。

「……わあ……」

真っ黒だった海面に、青い光の粒が無数に浮かび上がったのだ。それはまるで夜空を写したかのように煌めいている。
海面で輝く青い星ぼしは、強くも優しい光を放つ。
どこまでも続いて行く星の海が魅せる幻想的な光景に、十代は感嘆の声を上げた。灯台の光が彗星のように駆けていく。

「すげ……すげえよ砂夜子!」

『まあな』

「なあ、どうしてこんなこと出来るんだ? 一体どうやって……」

『地球人の知るところではない』

「綺麗だ……」

眼下に広がるもうひとつの宇宙を、十代はいつまでも眺めていた。


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