『……ここは』
「あ! 目が覚めた?」
『……お前は……』
保健室のベットの上で、少女……砂夜子は目を覚ました。
傍らでは、十代が椅子に腰掛けてその顔を覗き込んでいた。
「俺は遊城十代。十代でいいぜ」
『……ここはどこだ』
「保健室だ。お前、あの後ばったり動かなくなっちまうからさ。急いでここに連れてきた」
砂夜子は半身を起し、周りを見回した。
そして十代以外の人物たちに気付く。
「ふん、貴様が砂夜子か。隕石騒ぎがあった林の中に人がぶっ倒れていたと聞いて来てみたが、ただの人間じゃないか」
「万丈目くん野次馬根性むき出し過ぎっす。これだから……」
「おい、“これだから”何だ。言ってみろ」
「やめろって、万丈目。翔も」
万丈目、翔。そう呼ばれた2人は一度睨み合うと、砂夜子を見た。
砂夜子は翡翠色の瞳を瞬かせ、彼らと目を合わせる。
『……ケツの青いガキどもだな』
ぼそりと呟かれた砂夜子の言葉に、万丈目と翔は表情を変えた。しかし砂夜子はそんな2人に目もくれず、十代を見た。
『改めて、砂夜子だ。動けなくなっていたところを助けてくれてありがとう。礼を言おう』
「あ、いや、どういたしまして」
十代が頬を掻きながらはにかんだ。砂夜子は瞬きを1つすると、続ける。
『私はこの星の外から来た。』
「ふーん、星の外ね…………え?」
十代が目を丸くして砂夜子を見た。
十代は砂夜子に詰め寄る。
「それって! それって宇宙人ってこと!?」
『まあ、そういうことになるな』
「え、えええええ!」
十代が声を上げた。万丈目と翔も声を合わせる。
「な、なにをしに来たんだ!まさか……」
「まさか、地球征服……!?」
万丈目と翔が目を見開き、ベッドの上の砂夜子を見た。
砂夜子は首を横に振り、それからまっすぐ彼らを見て口を開いた。
『いや、観光だ』
………………。
ぴしり、と空気が凍った。万丈目も翔も十代も、目を開いたまま動かない。
「……え、そうなの?デュエルアカデミアに来て何を見たかったの?」
凍りついた空気を十代が破った。それに釣られ、他の2人も十代の言葉に頷く。
砂夜子は黒い髪を指先で弄りながら言った。
『いや、ここに来たのは偶々だ。本当は大阪とやらに行ってたこ焼きなるものを食べてみたかったのだが』
「………………」
「………………」
「……あ、そう……。偶々ってのは、どういうことだ?」
『着地地点はダーツで決めた。ウリウリヤイヤイオーウエー』
「笑コラか!!」
万丈目が鋭くツッコミを入れる。だが、砂夜子はそれをさらりと避けると、首にかけてあった地球儀を手にとった。
『……ん? んんん?』
地球儀を見つめた砂夜子の表情がみるみる変わっていく。
異常に気付いた十代が心配げに声を掛けた。
「どうした? 大丈夫か?」
『……ない』
「はい?」
『だから! ないのだ! この中には星の欠片がひと粒入っていたんだ! それが無くなっている!』
砂夜子は十代の肩を掴み、言った。十代は突然のことに驚くばかりで、何も言えない。
視線だけを砂夜子の手の中の地球儀に寄こせば、地球儀は昨夜のまま、光を失っていた。
『しまった……どこかで落としてしまったのか……!? まずい。このままでは星に帰れぬ……』
頭を抱えて俯く砂夜子に、十代が恐る恐る肩に触れた。
「星ってどんな形なんだ? もしかしたら俺見てるかもしれない」
『……形は、無い。我々は皆、1つずつ“星”とその欠片を持っている。だがこれは目に見えるものではないのだ』
「そう……なんだ」
十代が肩を落とした。十代の顔を見上げ、砂夜子はじっと見つめる。
少し考える素振りを見せ、言った。
『……しばらく、ここに留まらざるを得ないようだ。時間はある。ゆっくり探す』
「え……それで大丈夫なのかよ」
顔を上げた十代が、砂夜子を見詰めた。砂夜子は目をそらし、口を開く。
『仕方あるまい。あれが無いと、どうにもできないのだ。ただ……』
「ただ……?」
『ただ……大阪とやらで、たこ焼きなるものを食べ損ねたのは、痛かったな』
「……たこ焼きくらい、アカデミアでも食えるよ」
そう言って、十代は肩の力を抜いた。
砂夜子が笑うのが見えたから。
こうして、自称宇宙人との奇妙な日々が始まった。