朝。開け放った窓から朝日と共に射し込んだ爽やかな風が俺の頬を撫でた。
ひんやりと澄んだ空気を吸い込んで、うんと背伸びをする。
「……はあ」
次にデュエルディスクに手を伸ばした。
さっと磨き、バッテリー残量を確認し、動作に問題ないかをチェック。そしてカードをケースに入れて、腰のホルダーに納めた。
最後に姿見の前で、制服の襟をピシッと正し、にっと口角を上げた。
こうして、俺、三沢大地の光り輝く華麗な一日が始まる。
■
「おはようッス、三沢くん!」
「三沢! おはよっ」
教室のドアを開ければ、翔と十代が出迎えてくれた。そして沢山のクラスメート達が声をかけてくる。
そんな中二人は俺の隣を奪い合うように纏わりついてくる。それを苦笑混じりに受け流し席につけば、すかさず両サイドを十代と翔に挟まれた。ははは、そんなに俺が好きか。
どっちが俺の舎弟に相応しいかを言い争う十代達を微笑ましく見守る俺に、また一人声を掛けてきた。
「三沢くん」
「明日香くん」
蜂蜜色の髪を揺らし、こちらを見下ろしてくるのは天上院明日香だ。明日香は優しく微笑み、すっと身を屈める。
「ちょっといいかしら。……大事な話があるの」
「……わかった」
そっと囁くような声と彼女の切なげな顔に、俺は頷いた。
二人で教室を出て、人気の無い廊下に出る。
ずっと黙っていた明日香くんが、何かを決意したかのように俺を見上げた。
その長い睫毛に彩られた色素の薄い瞳に俺が写っている。
「私……私、三沢くんに言いたいことが……」
そ、そんな明日香くん! 前々から何となく気がついてはいたが……いいのかい?
ドキドキと高鳴る胸。心の中で「悪いな、万丈目」と謝りながら、彼女の次の言葉を待つ。そんな時だった。
「大地!」
静かだった廊下に、俺達二人のものではない声が響く。
振り返れば、そこには砂夜子が立っていた。肩を弾ませ、走ってきたことを伺わせる。
砂夜子はぐいっと額の汗を拭って俺の前まで駆け寄った。
「砂夜子……」
「砂夜子ちゃん!?」
「すまない、明日香……。でも、私も譲れないんだ」
いつになく必死な表情で砂夜子が俺を見上げた。
翡翠色の瞳には、強い感情が浮かんでいる。まさか、砂夜子……君もなのかい?
「明日香になら、卑怯者と言われてもいい。選ばれなくとも構わない。だから、言わせてくれ」
すっと息を吸って、うっすら涙を浮かべ、砂夜子が俺をまっすぐ見据えた。
「私は、大地が好きだ。たまらなく好きなんだ……!」
「……!」
「砂夜子ちゃん……」
震える砂夜子の手が俺の制服の裾をきゅっと掴む。
その仕草が愛らしくて、俺は思わずに触れようと手を伸ばす。
だが、それを明日香くんが許さなかった。
「私も、最後まで言わせて。……三沢くん、あなたのことが好きよ」
凛とした空気を微かに和らげ、明日香くんもまた俺の肩に触れた。
美少女二人に迫られ、俺はどうしていいかわからなかった。
学園のマドンナ明日香くんとミステリアス美少女砂夜子。どちらも学園で人気の女子。
俺はどちらの手を取ればいいというんだ!!!
ああ、なんて罪な男なんだ、俺は……!
「三沢くん……!」
「大地……!」
さらに距離を詰める二人。そして二人は同時に目を閉じる。
ま、まままままさか!!! そうなのか、そういうことなのか!?
これはつまり俺がどちらかにき、キスをする展開なのか!!
うおおおお!!! え、選べないいいい……!
ぬおおお……と頭を抱える俺を、神はさらに試すのだった。
どういうことかというと……。
「天上院くん!」
「砂夜子!」
新たに二人の声が聞こえた。
万丈目とジムだ。そういえば、二人はそれぞれ明日香くんと砂夜子のことが好きだったな……。
「天上院くん! なぜそいつなんだ!? そんなにそいつがいいというのか! 確かにそいつは今一番アカデミアで輝いていて、この俺でさえも届かない……。だが、君を幸せにするという点では、絶対俺は負けない!」
「砂夜子、やっぱり三沢がいいのかい……? 俺じゃ、君のheartと射止めることはできないのか……?」
「万丈目くん……ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいわ。でも、あなたが私を思ってくれているのと同じくらい、私も三沢くんを思っているの」
「私も……やっぱり三沢が好きだ、三沢が好きなんだ。こんなに誰かを好きになるなんて初めてだ。だから、お前を選ぶことはできない。わかってくれ、ジム」
「く! く、くそ……! あいつに、三沢の輝きに叶わない……! この俺様がデュエルだけじゃなく恋愛でも負けるだと……! う、うわあああ」
「砂夜子……俺はそれでも、君を愛している! 今は無理でもいずれ必ず……! うぐッ」
万丈目とジムが撃沈した。どうやら学園で強い地位にいる二人もこの俺の存在感と輝きには叶わないようだ。
「幸せになれよ……」だの「lover泥棒……」だの言いながら転がる万丈目とジムになど目もくれず、明日香くんと砂夜子が俺を振り返る。
さあ選びなさい! とでも言わんばかりに、強く強く俺を見つめた。
「明日香くん……砂夜子……」
ごくりと唾を飲み込み、そっと彼女たちの肩に手を置いた。
その時。
ガラ!!
扉という扉が開き、そこから一斉に女生徒たちが雪崩のごとく飛び出して俺達を取り囲んだ!!
「ずるいよ二人共! ボクも三沢先輩が好き!」
「私も! 三沢くんが好き!」
「私もですわ!」
レイ、ジュンコ、ももえが一斉に詰め寄った。
さらに……
「私も!」
「好きです、三沢先輩!」
「好きです!」
あちこちから飛び交う「好き」の声。まさか、この俺は学園全ての女子の心を奪ってしまったというのか……!?
「すげえな三沢! ガッチャ!」
「シニョール三沢は流石なノーネ! 眩しすぎて姿が霞むノーネ」
「やっぱ三沢にわ叶わないなあ」
「三沢くんカッコイイっす!」
十代、クロノス先生、ヨハン、翔までもが俺に拍手をくれる。
そうか、俺は今、学園のトップに立ったんだ! 皆が俺を求めてくれる! 俺は学園になくてはならない存在なんだ!
カイザー亮に次ぐ、学園の象徴に……!
俺は手を伸ばし、勝利のポーズを取った。
……そして、床ごとガラガラと足元から崩れ落ちた。
――ピピピピピピ――
けたたましいアラームの音と共に、俺の意識は浮上した。
目を開ければ、そこには床が見えた。というより、ベッドから床に落ちていた。
勝利のポーズとやらをとったまま。
そこで初めてすべてが夢だったことを悟る。
「……夢オチ……はは、ははは」
そうだ。そんなわけないだろう。俺が学園の女子全員から告白され、十代達を差し置いてカイザーの後釜を継ぐなんてこと。なんだか笑えてきて、湿る目元を腕で覆いながら一人で静かに笑った。
そう、あるわけないんだ。
■
朝。開け放った窓から朝日と共に射し込んだ爽やかな風が俺の頬を撫でた。
ひんやりと澄んだ空気を吸い込んで、うんと背伸びをする。
「……はあ」
次にデュエルディスクに手を伸ばした。
さっと磨き、バッテリー残量を確認し、動作に問題ないかをチェック。そしてカードをケースに入れて、腰のホルダーに納めた。
最後に姿見の前で、制服の襟をピシッと正し、にっと口角を上げた。
こうして、俺、三沢大地のありふれたごく普通の一日が始まる。