「トメさん、この箱は?」
「ああ、その箱はカウンターの下に置いておくれ」
放課後、夕暮れ間際の購買で、砂夜子はダンボールを運んでいた。
目の前には腰を落として、別のダンボール箱の中身を選別しているトメの姿。
ふらっと訪れた購買。何やら忙しそうに作業しているトメを見つけ、特にすることもないからと作業を手伝っていた。
「もうちょっとだから頑張っておくれ! そうしたらお礼にケーキ食べさせてあげるよ」
「ケーキ……!」
“ケーキ”というワードに砂夜子の目が輝く。最近覚えた大好きな菓子の名だ。
さっとダンボールをカウンターの下に押し込んで、トメの選別が終わったダンボールに手を伸ばす。ダンボールの下に指を差込んで、ぐいっと力を入れて持ち上げる。
……が、思っていたよりダンボールは重かった。持ち上がりそうで持ち上がらない。
「砂夜子ちゃん、そのダンボールは重いから一緒に……」
「だい、じょうぶ……!」
だがここで引き下がる砂夜子ではない。ケーキがかかっているのだから。
ふぐぐぐ……! と普段の砂夜子らしからぬ声を上げ、ダンボールを持ち上げにかかった時、ふとダンボールが軽くなった。
「む……?」
軽くなったどころか自分の手の上からひとりでに浮き上がるダンボール箱。
そのイリュージョンに目を丸くしたとき、頭上から声が聞こえた。
「大丈夫かい?」
「……ジムめ、余計なことを」
ダンボールを持ち上げたのはジムだった。ジムは砂夜子の言葉に肩をすくめ、苦笑いする。
ダンボールをどこに置けばいいかトメに指示をもらい、ジムはダンボールを持って行ってしまう。砂夜子は慌てて立ち上がり、ジムが持つダンボールに飛びついた。
「私の仕事だ。手を出すな」
「bat、君の力じゃ持ち上がらなかっただろう」
「そ、そうだが……。だが貴様に持っていかれるのは何だか気に食わない」
「oh……。それなら、二人で運ぼう。反対側を持ってくれ」
ジムの提案に、砂夜子が渋々といった様子で頷いてダンボールを持つ。
身長差のせいでダンボールの中身が砂夜子が持つ側に傾いた。
トメに支持された場所……購買の扉の奥、倉庫の中に入り込み、ダンボールを置いた。
「ふう……結構heavyだな」
ジムが軽く肩を回し、トメの元に戻ろうと砂夜子を促す。
無言で頷いた砂夜子を連れ、倉庫を出たとき元気な声が投げかけられる。
「よう! おつかれさん」
「手伝いに来たぜ!」
倉庫を出た二人を出迎えたのは十代とヨハンだった。
二人の腕にもそれぞれダンボールが抱えられており、近くにいたトメが笑顔で手を振る。
作業の手が増えたことにより、あっという間にダンボールは減っていった。
■
「お疲れ様! お礼のケーキだよ」
購買奥の休憩スペースのテーブルに、ケーキが乗った大きな皿が置かれる。
テーブルを囲む四人が「おおっ」と声をあげた。
真っ白なクリームの上に苺が並べられただけのシンプルな、ワンホールのショートケーキだ。
「手作りなんだけどねえ、味は大丈夫だと思うよ」
五人分の取り皿とフォークを並べ、トメも席につく。
「ケーキも手作りしちゃうなんて流石トメさんだぜ! うまそう」
「うん、凄く美味しそうだ」
「ありがとう。十代ちゃん、ヨハンちゃん」
うふふ、と笑うトメに笑みを返す十代達。
それじゃあと、トメがナイフをケーキに入れた。
それぞれの皿にケーキを取り分け、ようやくお茶の時間が始まった。
「いただきます!」
明るい十代の声を皮切りに、一斉にケーキを食べ始める。
食べ盛りの若者達の食欲は凄かった。ワンホール……それも大きめのケーキがあっという間に減っていく。見事な食べっぷりに、トメは満足げに頷いた。
「うまい!」
「delicious!」
「美味しい」
「甘さも丁度いいな」
口々に「うまい」と繰り返し、ケーキを平らげていく十代達を見て、トメはにっと笑う。それから何となくポケットに触れて、思い出したように中身を取り出すとテーブルに置く。小さな木の箱だ。
「あ、そうだ。……みてみて!」
「うん? なにこれ、オルゴール?」
十代がフォークをくわえながら木箱を覗きこむ。
ヨハン達も同じように木箱……オルゴールを覗き見た。
「古いダンボールから出てきてねえ。ずっと前に校長先生に貰ったものなんだけど、すっかり忘れてたわあ」
手をぱんっと鳴らしてトメがはにかむ。
その姿にヨハンが苦笑し、十代が「へー」と声を漏らす。
ケーキをつついていたジムもトメの話に耳を傾けた。
「なあなあ、聞いてみたい!」
「そうだねえ、聞いてみようかねえ、久しぶりに」
蓋を開け、箱についたネジを巻く。
ギチギチという音の後、ポロポロとメロディーをもった音が聞こえてきた。
「良い音ねえ……」
「きれいだな」
「ああ……」
トメ達がうっとりと目を閉じる。その音はケーキに夢中だった砂夜子にも届いた。
ケーキを食べる手を止めて、オルゴールを見つめた。
「不思議な箱だな。面白い」
「そうだろう。orgelといってね。小さな歯車たちが噛み合ってああいうmelodyを奏でるのさ」
「ほう……」
頷き、当たり前のようにジムの皿から苺を奪い取る砂夜子。
苦笑しながら、ジムも目を閉じる。
「…………む」
少しして、自分以外皆オルゴールに聞き入っていることにようやく砂夜子が気が付く。あの十代ですらケーキではなくオルゴールに夢中だ。
そのまま一人でケーキを食べる気にもなれず、フォークを置いて頬杖をつき目を閉じた。