「あれ? 今日は砂夜子いねえの?」

静かなガレージにのんきな声が響く。
あちこちに跳ねるオレンジ色の髪、マーカーだらけの顔の男、クロウ・ホーガンの声だ。クロウは入り口からひょっこり顔を出すなり、真っ先にとある少女の名を呼んだ。
最近密かに話題になっているボブカットがよく似合う黒髪の少女、砂夜子だ。
だが視界に入るのは黙々とDホイールのメンテナンスをしていた遊星のみで、肝心の砂夜子は見当たらない。
ガレージ内をぐるっと見渡して、クロウは足を踏み入れた。

「遊星、砂夜子は?」

「……今日はまだ姿を見ていない」

「ふーん」

ここ数日、続けてガレージに姿を見せていた砂夜子だが、どうやら今日はまだ来ていないらしい。いつも構ってやる野良猫の姿が見えない、そんな気分でクロウは少しがっかりした。

そもそも彼女がどんな生活を送っているのか、クロウは知らなかった。
遊星は知っているだろうか。

「なあ遊星、砂夜子ってどこ住んでんの?」

「さあな、俺は知らない」

きっぱり。遊星は即答した。
ふらっと現れてふらっといなくなる。野良猫のように気まぐれな砂夜子の生活をどうやら遊星も把握できていないらしい。となると、他の仲間たちも知らないだろう。
恐らく、何かとちょっかいを出すジャックも。

どかっとソファーに座って、天井を見上げ思考を巡らせる。

「デッキは? そもそもデュエリストか? 一人暮らしか? 収入は? 家は……」

「クロウ、あまり詮索するな」

手を止めて、遊星がクロウを見る。その目には少し呆れたように細められていて、クロウは口を閉ざす。
バツが悪そうにガシガシとオレンジ色の髪を掻き回し、「でも気になるだろー」と漏らした。

「別に。砂夜子がどんな生活をしていようと俺達に関係ないだろう」

「……遊星冷てー……」

ふん。と小さく鼻を鳴らし、遊星は再び手を動かし始める。
クロウは手持ち無沙汰で何となく遊星の手元を見つめた。そのとき、小さな物音が聞こえた。

「遊星……とクロウ」

次に聞こえたのは、件の少女、砂夜子の声だった。
クロウはバッと声の方……階段の方を見る。
そこにはやはり砂夜子が立っていた。砂夜子はゆっくりと階段を降りて、クロウ達の前までやってくる。音も無く静かに歩く姿も猫のようだと、クロウは思う。
クロウはソファーの半分を明け渡し、そこに砂夜子を座らせた。

「今日は遅かったんだな。クロウが気にしていたぞ」

「ば、遊星! 余計なこと言うなよ!」

「本当のことだろう」

遊星とクロウのやり取りに、砂夜子は微かに首を傾げる。頭上の緑色のリボンが黒髪と一緒に揺れた。
だがすぐに興味をなくしたように、さらっと流れる黒髪を手で払い砂夜子はポケットから銀色の小さな箱を取り出した。

「遊星、これをさっき拾ったのだが……」

砂夜子が持つ箱、その蓋の隙間から歯車と薄い穴だらけの板がちらりと覗く。
それはオルゴールだった。
遊星はオルゴールを受け取り、じっと眺めた。

「オルゴールだな。だが壊れている」

「あ、ホントだ!」

横からクロウが覗き込んだ。遊星の手の中のオルゴールは、スプリングとシリンダーが外れ、更にコームも所々歪んでしまっている。

「む?……壊れておるのか。それとオルゴールとは何だ?」

「え! お前オルゴール知らねえの?」

クロウが驚いたように砂夜子を見る。砂夜子は頷き、器用に片眉を釣り上げ何かを思い出そうと額に指を当てた。

「ああ……。でも聞き覚えがあるような、ないような……」

「へえ……益々謎めいてるぜ、砂夜子……」

「……オルゴールというのは」

蓋を外し、各パーツの状態を確認しながら、遊星がオルゴールについて説明してやれば砂夜子が興味を持ったように身を乗り出す。

「では、本来音楽を楽しむものなのか。こいつ、遊星の手で治せないか?」

私も、オルゴールの音を聞いてみたい。そう付け加え、砂夜子は遊星を見る。
遊星は微かに表情を柔らかくして頷く。とたんに、硬かった砂夜子の表情が和らいだ。

「……なんか、お前らキャラかぶってね?」

口より目で意思疎通を図る二人に、思わずクロウが呟く。
すると遊星と砂夜子は一度互を見合わせ、「そうか?」と首を傾げた。
同じ動作をする二人に、クロウはやれやれと首を振った。

「はあ……まあジャックみたいなのが二人になるよりはいっか。もしそうなったら煩くてたまんねえぜ」

「誰が煩くてたまらないだと?」

「誰ってジャック……ってうおおあ!?」

突如聞こえた声。それもクロウ達が座るソファーの後ろから。
素っ頓狂な声を上げたクロウが後ろを振り返る。そこには腕を組み仁王立ちするジャックの姿があった。

「あ、いやあの……今のはその」

「クロウが、『ジャックが煩くてなまらない。図体だけじゃなく態度も声もでかい。どうにかしろ』と言っていた」

砂夜子が静かに言い放つ。クロウの顔が血の気が引いたように青くなり、逆にジャックの顔が怒りに赤く染まった。

「砂夜子てめえ! 嘘こいてんじゃねえよ! 半分は俺じゃなくて砂夜子が思ってることだろうが!」

「何!? 砂夜子貴様あああ!」

ジャックが後ろからクロウと砂夜子に飛びかかる。
さっと避ける砂夜子。と、避けきれずジャックに捕まるクロウ。
首に絞め技を掛けられたクロウがタップするも、ジャックの怒りは収まらない。

「ぐえええ、助けて砂夜子! ていうかお前も同罪だろ!? 一緒に絞められろ!」

「嫌だ。悪いが私抜きでジャックと遊んでくれ」

「この裏切り者おお! 遊星っ……!」

「自業自得だ」

平然と言ってのける砂夜子と遊星に、クロウの目には涙が滲んだ。
そんなクロウの前を素通りし、砂夜子はジャックの後ろに回り込む。
そしてジャックの両手が塞がっているのを良いことに、膝裏に小さく蹴りを入れてちょっかいを出し始めた。

「砂夜子……! この俺を蹴るとはいい度胸だ!」

「いいぞやれやれ砂夜子! ジャックの無駄に長い足をへし折ってやれ!」

「……お前ら、騒ぐなら外に……」

作業に戻っていた遊星が三人を見て口を開く。
つこの間も似たようなやりとりをしたような気がする。
遊星は続きを言いかけて、やめた。同じことを何度も繰り返し言うのも面倒なものである。こちらに直接被害が及ばない間は放っておこう。
それにしても……。

「砂夜子がジャックに似てようが似てまいが、騒がしいことに変わりはないな」

ぽつりと呟いて、遊星はこっそり溜息をついた。その表情が柔らかいものだったことを、三人は知らない。


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