「何だ。最近姿を見ないと思っていたが……生きていたのか」

昼下がりのポッポタイム。
ガレージの扉を開けたジャックは、先客の姿に声を上げた。

「貴様こそ、相変わらず口が悪いな」

少し離れた所から平坦なトーンの声が返ってくる。
ジャックはその声に応えることなく、階段を降りてソファーの前まで歩み寄った。
そして見下せば、そこにはソファーの上で膝を抱え遊星の真っ赤なDホイールを見つめる砂夜子の姿があった。
ジャックに目もくれず、その翡翠色の瞳はDホイールを映しながら口を開いた。

「遊星なら出かけたぞ」

「貴様に言われずとも知っている」

「なんだ、親切で言ってやったのに」

「貴様の親切などいらんわ、気色悪い」

「ジャック貴様後で覚えておけよ」

憎まれ口の応酬。
最早恒例となりつつある口喧嘩だが、この時はいつもと違った。
ジャックは眉間にシワを寄せ、静かに言い放つ。

「……また、そうやって遊星号を眺めているんだな。そんなに好きか」

砂夜子がゆっくりとジャックを見上げた。
その瞳は微睡みの中にいるかのように緩慢にジャックを捉える。そして無機質な声で答えた。

「ああ。真っ赤なものを見ると思い出すんだ。赤がよく似合う男のことを。最後に見たのは何十年も前なのに、未だに色褪せずに思い出せるんだ」

「何十年も前……? 貴様何を言っている。見るからに十数年そこらしか生きてないだろうが」

訝しげな顔をするジャックに、砂夜子が苦笑した。

「……そうだった。そういえば、大して生きてなかったな。すまん、忘れてくれ」

さらっと流れる黒髪。
儚く微笑む姿に、ジャックは何も言えなかった。


 ■


 翌日。同じ時刻。
ポッポタイムのガレージには、砂夜子とジャックしかいない。
しんと静まったガレージ内に、ごく小さな寝息の音と金属音。
真っ赤なDホイールの前に置かれたソファーの上で、座ったまま砂夜子が眠っていた。
そんな砂夜子から少し離れたところで、居心地悪そうな顔をしたジャックが自分の白いDホイールを弄ってる。カチャカチャとパーツに触れ、簡単なメンテナンスを行う。

「…………」

手を動かしている間は砂夜子の寝息は聞こえない。その音は本当に小さくて、傍に寄って耳を澄まさないと分からないほどだった。
背もたれに身を預け、目を閉じる砂夜子は微動だにしない。
ガレージ内に入って最初に目にしたときは、一瞬、死んでいるのかと勘違いしてしまったジャックだった。砂夜子の体に見覚えのある青いジャケットが掛けられていたこと、よく耳を澄ませば確かに寝息らしきものが聞こえたことから、“眠っている”と気が付いたわけだ。

それ以来、ジャックはDホイールを相手にしばし集中していたが、とくにやることがなくなってしまった。
一度終わらせた作業を繰り返し、居心地の悪い時間を潰していく。
いっそガレージを出ていけばいいのだが、どうしてかそれが出来ない。

「……ええいッ、何故この俺が悩まなければならんのだ!」

ついに痺れを切らしたように、地団駄をした。大きな音が響き渡る。
その時だ。

「……ジャック?」

ロボットのように、感情の読み取れない声で名を呼ばれた。
振り返れば、眠っていたはずの砂夜子がジャックを見ている。
これで「うるさい」の一言でも言ってくれれば、いつものようにまた憎まれ口の叩き合いが出来て、いつものペースに戻ることが出来て、いつものジャックに戻れるというのに。だのに、砂夜子は何を言うわけでもなく、ぼんやりと虚空を見つめるばかりで。

「おい……何か言ったらどうだ」

「言うとは、何を言えばいい」

淡々と返ってくる言葉。無機質で、機械のよう。
最近、砂夜子はこんな風に機械のような冷たい表情をよく見せるようになったとジャックは思う。元々クロウや龍亜達のように感情をオープンにする性格でもなかったが、ここまで無機質な反応を見せる方でもなかったはずだ。
少しずつ、確かに砂夜子が変わっていく。そう感じた瞬間ジャックの背筋をひんやりとした何かが伝った。

ぼうっと、体を覆っていた遊星のジャケットを見つめる砂夜子。
その横顔をジャックは見つめた。

沈黙がガレージに立ち込める。
相変わらず居心地が悪くて、ジャックはそれを振り払うように動き出す。
ツカツカと砂夜子の前に歩み寄り、仁王立ちで見下ろした。
何か言ってやろう。そう思い口を開いたとき、砂夜子はジャックを見上げ先に口を開いた。

「遊星はどこに行ったのだろうか」

「……ッさあな。俺が来た時にはもういなかった。だが、Dホイールを置いていっている。そう遠くはない」

「随分素直に答えてくれるのだな。『知るか』と一蹴されるかと思った。何かあったのか」

「貴様こそ、人の親切をもう少し普通に受け取れないのか」

「随分ケチな親切だな。例えば遊星だったら誰かの居場所を教えるくらい親切のうちに入れないだろうよ」

「貴様……!」

「そう怒るな怒るな」

やっと、いつもの口喧嘩が始まった。砂夜子もようやく表情を見せてくれた。
一安心できるかのように見えた。だが。

「……遊星のDホイール……赤……う……い」

コロコロと鈴の音のように笑っていた砂夜子が、ふと遊星号を見て動きを止める。
真っ赤なボディを見つめ、何かを呟いた。その声はジャックの耳に届かない。
赤いDホイールを見ているはずなのに、違うものを……遠くを見ている。
そうジャックは思った。
砂夜子がどこかに行ってしまう。唐突に、そんな気がした。

小煩くて生意気で、だが一緒にいる時間が心地よい。変わってしまうなんて、居なくなってしまうなんて、嫌だ。
そう思った咄嗟、手を伸ばしその肩を掴む。
驚いて目を丸くする砂夜子と視線が絡まった。

「やっと間抜けな面を見せたな。人間らしくなった」

「……うるさい、馬鹿。気安く私に触るな」

ムッと眉を寄せ、砂夜子が肩に置かれたジャックの手を払い落とした。それから口角を上げ不敵に笑う砂夜子に、ジャックはどこか安堵ながら言い返す言葉を考えるのだった。


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