「遊星!」

高らかな声と共に、バン! と音を立て、ガレージのドアが開け放たれた。
pcキーボードを叩くのを止めて、ズカズカと入り込んできた男を見上げる。
金の髪に白いライダースーツ……ジャック・アトラスだ。


「ジャック……もう少し静かに入ってこれないのか」

ジャックはどこか慌ただしい様子でガレージの中を見渡している。
握られた拳がわなわなと震えていた。いったいなんだというのだ。

「そんなことはどうでもいい」

どうでもよくない。

「あの憎たらしい小娘……砂夜子はどこにいる!」

「砂夜子? 今日はまだ見ていないが。砂夜子がどうしたというんだ」

どうやらジャックは砂夜子を探しているらしい。
眉間に深く皺を寄せ、親の敵でも思い浮かべるかのような顔をする。

「……俺のカップラーメンが一つ消えていたのだ。あいつが盗んだに違いない!」

なんだ、そんなことか。
呆れたように溜息を付けば、ジャックが声を荒げる。
ひどく憤慨した様子で、拳を震わせる。妙に迫力がある。

「出てこい砂夜子! どこにいる!!」

「ジャック、ここに砂夜子は……」

「いるぞー」

間延びした声が俺の声を遮った。
声の方を振り替えれば、そこにはカップラーメンを啜りながらこちらを見ている砂夜子がいた。
いつの間にガレージに入り込んだんだ……?

カタンッ、という音がする。その音の方を見れば、ジャックがあんぐりと口を開けて砂夜子を見つめていた。……正確には、砂夜子が持つカップラーメンに視線が注がれていた。

「……貴様、そのカップラーメン……!」

「む?……ああ、ちょうど腹が減っていたのでな。貴様のだったか?」

ニタァ……っと砂夜子が口角を上げ、ズルズルとカップラーメンを啜りスープを飲み干していく。
そんな砂夜子に、ジャックの血圧は上がっていく一方で。

「やはり貴様か砂夜子! よくも俺のカップラーメンを!」

「貴様の? 名前でも書いておいたのか?」

「名前を書かずともわかるだろう!?」

「わからんな。……ごちそうさま」

どうやらカップラーメンを食べ終えたらしい砂夜子が容器をゴミ箱に放り込んだ。

ぶちん! そんな音が聞こえた気がした。
ジャックがついにキレたらしい。
ダン! と近くの壁を叩いて砂夜子に詰め寄る。

「おのれ貴様ああ!」

「すまん、すまん。だがまあ今度からはちゃんと名前を書く事だな」

ニヤニヤと笑いながら、ジャックを煽る砂夜子。俺はそっと溜め息をついた。


 ■


 俺達の前に砂夜子が現れたのは、少し前のことだ。
ポッポタイムの前で行き倒れていた所を助けて以来、よく俺達の元を訪れるようになった。
ふらりと現れてはふらりと去っていく。まるで猫のように気紛れな彼女だが、すっかり仲間達と打ち解け、今では当たり前のように入り浸るようになった。

 砂夜子は謎が多い。
首に下げた小さな壊れた地球儀と、砂の入った小瓶以外何も持たず、どうやって暮らしているのかも不明。どうやらデッキも持っていないらしい。
どこから来たのか、そもそも何者なのか。素性がさっぱりわからない。
いくら問いただしても、砂夜子は答えないのだ。

……そういえば、初めてアキ達と対面したとき、龍可が首を傾げ「何だか不思議な感じ。砂夜子さん、確かに今ここにいるよね?」と言っていた。これがどういう意味なのかは、今はまだわからない。

そんな不思議だらけ謎だらけの砂夜子が、唯一俺達に打ち明けてくれたことがある。それは人を探しているということだった。

“赤い服の男を探している”

以前、たった一言、砂夜子が言った言葉だ。
真っ赤なDホイールを見つめながらポツリと囁くように、確かにそう言った。
その横顔はどこか寂しげなもので。俺達に詮索の隙間も与えないほどに。


 ■

 
 「まったく。貴様は本当に心の狭い男だな。見た目以外どうしようもないな」

「貴様……それ以上言うと女とはいえ容赦せんぞ!」

 ジャックと砂夜子はいつも喧嘩ばかりしていた。
カップラーメンをめぐって争うことも初めてではなく、些細なことで喧嘩を繰り返す日々。
なんでも砂夜子曰く「昔の仲間に似ていてつい」だそうだ。
憎まれ口を叩き合うふたりだが、何だかんだでよく一緒にいる。お互い本気で嫌いあっているわけではないらしい。
喧嘩するほどなんとやら。まさにそんな感じだ。

「やってみろ元キング!」

「元だと!!」

ぎゃーぎゃーと本格的に騒ぎ出すふたり。
ドタバタとガレージ内で鬼ごっこを始めてしまった。
飛びかかるジャックを華麗にかわして砂夜子が挑発を繰り返す。
埃を巻き上げ、ついに工具を一つ蹴飛ばした。

「あ」

「……む?」

甲高い音を立てて転がる工具。
と、同時に静まるふたり。

「……おい、ジャック、砂夜子……」

ガランガランと俺の足元まで転がって来た工具を拾い上げ、低い声でふたりの名前を呼ぶ。
途端にその顔が青ざめていく。とっさに言い訳を始めた。

「遊星……いや、これはジャックが」

「違うぞ、砂夜子が悪い」

「……鬼ごっこは外でやれ!! 邪魔だ!」

必死な様子のふたり。だが甘やかすことはしない。
声を荒げ、力任せに(砂夜子には手加減した)彼らを階段の方に押しやる。
ドアを開け、ぽいっと追い出した。
少々乱暴にドアを閉めて、再び溜息をつく。

「……まったく」

砂夜子が表れからというもの、こんな騒ぎがしょっちゅうだ。
以前にも増して賑やかになったポッポタイム。
だが賑やかになりすぎるのも問題だ。
だが、楽しいと思ってしまっているのも事実だった。
どうしようもない。諦めてまた溜息をついた。


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