碧色の夜空。散らばる星達の下、広い広い砂漠で、砂夜子は足元の白い砂を踏みしめた。
吹きすさぶ冷たい風が砂を巻き上げる。舞い上がった砂の行方を見送って、小さく息を吐く。
吐き出された息は白くなって消えていった。

「…………」

さくさく……と音を立て、足跡が出来上がっていく。点々とした足跡は、振り返ってみれば結構な距離にまで続いていた。
歩いても歩いても、砂漠には何もなければ砂夜子以外誰もいない。
あるとすれば、たまにすれ違う崩れた建物の残骸くらいで。もちろん無人だ。
砂にまみれ、風化したそれらは中の鉄骨が剥き出しになっていた。もう随分前から吹きさらしになっているのだろう。

「人が住んでいたのだろうな……」

小さく呟き、残骸を一瞥した。
瞬きを何度かして、それから上を見る。丸く白い月が見えた。
青白い月の周りを囲む星たちの中に地球があるのだろうか。
恋焦がれた地球が。
寂れた砂の大地がただ広がるこの星とは違い、地球は水と緑に覆われていると聞いた。自分も、そこに行きたいと思った。
光と闇の戦いに巻き込まれ、荒廃してしまった星。かつては美しかった星。
地下に築かれた都市で生きてきた砂夜子にとって、青々と光る地球は美しく、憧れそのものだった。

「地球は温かいだろうか……」

この星は寒い。
地下には人の手で作られた明かりが灯り、熱を発して都市を温めている。
地上は冷たい風が吹いてる。
地球はどうなのだろうか。

「行ってみたい」

心からの言葉。
目を閉じて、暖かな太陽の光を浴びる自分の姿を思い浮かべた。


 ■


 「砂夜子」

誰かが優しく名を呼んだ。
その声は砂夜子の意識を揺り起こす。

「砂夜子」

微睡みの中で、その声は徐々に聞き覚えのあるものに変わっていった。
大きな手がそっと額を撫でる。

ゆっくりと目を開ければ、真っ青な空が見えた。
それと、自分を覗き込む黒い髪とテンガロンハットの男。

「ジム……うッ」

砂夜子は額に置かれていたジムの手を払い除け、横になっていた体を起こす。
そして小さく呻いた。

「砂夜子ッ」

咄嗟にジムが肩を支えようと手を伸ばす。それを制しながら、砂夜子は周りを見渡した。
ぽっかりと、広い空。それと、何本かのオベリスクや支柱が見える。
そこは屋上だった。

「are you ok?」

「……? 私は……」

何故自分はこんなところに寝ていたのだろう。記憶を巡らせてもぼんやりと霧がかっていて思い出せない。その代わり、先ほど見た故郷の夢を思い出す。
紺碧の夜空、寂れた世界。今過ごしているアカデミアとは正反対だ。

黙りこくってしまった砂夜子の顔をジムが心配げに覗き込む。 
その時だった。

「砂夜子!」

入口のドアが開き、慌ただしく十代たちが駆け込んできた。
血相を変えた彼らは、数本のペットボトルを抱えて砂夜子とジムの前に倒れこむように座り込む。
そして一斉に砂夜子に詰め寄った。

「砂夜子! よかった、目覚ましたんだな!」

「もう! いきなりブッ倒れるから何事かと思ったッス!」

十代と翔がミネラルウォーターを砂夜子ずいっと押し付けながら言った。ふたりともちょっと涙目で、砂夜子はますます戸惑う。

「倒れた? 私が?」

とりあえず、と水を受け取りながら、砂夜子は説明を求めた。
だが十代と翔の言葉はいまいち要領を得ない。そんな彼らに変わって、比較的冷静なヨハンが答えた。

「ああ。ぼんやり空を眺めてたかと思ったら、突然白目むいて泡吹いてばったり」

「それはそれは恐ろしい光景だった。今天上院くんが鮎川先生を探しに行っているから、診てもらえ。気味が悪い」

ヨハンの言葉に被せてきたのは万丈目だ。
十代たちから少し離れたところに立つ彼は、呆れたように溜息をついた。

「まったく人騒がせな宇宙人だぜ。地球に酔っちまったかー?」

ヨハンが苦笑いしながら万丈目を遮る。
それから「大丈夫か?」とジムの反対側、砂夜子のそばに片膝をつく。
砂夜子は頷いて、自分を取り囲む仲間達を見た。

「少し日に当たりすぎたらしい。どうやら眩しいのは苦手なようだ。でも大分落ち着いているから、もう平気だよ。心配かけたな。十代、翔、ヨハン、あと万丈目」

「よかったー! 俺もう砂夜子死んじゃうのかと思った。なんかビクビクしてたし」

「ほんとッス! びっくりさせないでよね」

「よかったよかった」

「おい、俺はおまけか!」

「明日香にも礼を言わなくてはな……」

「シカトか!」

わいわいと一気に賑やかになる。
それをずっと黙って見ていたジムも、ほっと息をついた。
砂夜子の傍に付きっきりだったジムも、内心叫び出したくなるほど心配だったのだ。
徐々に元気を取り戻していく砂夜子の姿に、思わず抱きしめて「よかった!」と叫びたくなるが、ここは我慢である。
そんなことを思いながら、十代たちと談笑している砂夜子の横顔を見つめていた時だ。
万丈目が十代と戯れ始める。ヨハンが煽り、翔が慌てる。
すっかりいつものペースを取り戻した彼らから視線を外し、砂夜子がジムを振り向いた。

「ジム」

「なんだい?」

優しく目を細め、ジムが砂夜子の言葉を待つ。
砂夜子は少しだけ身を乗り出してまっすぐジムを見据えて言った。

「……ありがとう」

「……!」

相変わらず乏しい表情で砂夜子は言う。だが、ジムにはその言葉に込められた温かさが分かった。
大きく、力強く頷いた。


 ■


 夢を見る。
紺碧の夜空も、寂れた大地もない。代わりにあるのは青空と緑の大地。
温かな風が頬を撫でて、髪を揺らした。
飛び交うたんぽぽの綿毛をひとつ捕まえて、眺める。

「砂夜子!」

名を呼ばれた。
一人の声じゃない、沢山の声が名を呼んだ。
振り返れば、仲間たちが手を振っている。砂夜子は返事をして、手の中の綿毛を空に返した。
ふわりふわりと風に舞う綿毛の愛らしさに砂夜子は微笑み、駆け出した。 


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