「……おい、砂夜子!」
「……」
「あ、砂夜子ちゃん! 聞きたいことがあるっス……けど」
「……ふん」
その日、砂夜子は機嫌が悪かった。
それはもう、物凄く。誰に話しかけられてもシカトしてしまうほどには。
特にあてもなく、足音を荒くしてアカデミアを彷徨う。
どすどすとブーツを鳴らして歩き続けた先にあったのはレッド寮だった。
日暮れのレッド寮の食堂の扉の前に立てば、灯りとともに生徒達の笑い声が漏れている。砂夜子は躊躇うことなく扉を開けた。
「……茶を一杯、頂くぞ」
ガラガラと扉を開ければ、生徒たちの中の数人が振り返った。
その視線を気にすることなく、砂夜子は食堂の奥に進んでいく。
「よお、砂夜子!」
「砂夜子、どうしたんだよ」
奥のテーブルには十代とヨハンが座っていた。
ふたりは夕食を挟み談笑していたらしく、砂夜子に気が付いて箸を止めた。
砂夜子は何も言わず、十代の隣に腰掛ける。
「お前がレッド寮来るなんて珍しいな」
「…………」
「砂夜子? どうかしたのか?」
俯いて黙ったままの砂夜子を不思議に思った十代が、砂夜子の顔を覗き込む。
砂夜子は適当に視線を十代とずらすと、不機嫌そうな顔のまま手元にあった空の湯呑を手に取り冷水を注いで一気にあおった。
「……別に、なんでもない」
「そうは見えないけど」
ヨハンが言った。
すると砂夜子は気に入らなかったのか小さく舌打ちをし、ヨハンを睨みつける。
「…………」
「わ、わりい」
反射的にヨハンが謝れば、砂夜子はもう一度舌打ちをして水を飲む。
ピリピリした空気に十代が狼狽える。
普段物静かな砂夜子が周囲に対してこんなにも刺々しく接する姿は初めて見た。
一体何があってこのようなことになったのだろう。十代は考えるが、少なくとも自分のことに関しては心当たりがない。
とにかく、砂夜子の気持ちを落ち着かせなくては。
「砂夜子……」
「あー、アニキ先に来てたドン?」
「一緒に食べようって言ってたのにッス!」
砂夜子に声をかけようとしたところを、聞きなれた声たちに邪魔をされた。
声のした方を見れば、そこには黄色い制服を着た弟分ふたりと黒い制服の級友がいた。
彼らは慌ただしく、賑やかにこちらに向かってくる。
ああもう、なんていうかタイミングが悪い!
十代は頭を抱えた。
そんな十代と不機嫌オーラ丸出しの砂夜子に気がつくことなく、翔たちは同じテーブルについてしまった。
「砂夜子、お前もいたのか。さっきはよくも俺様をシカトしてくれたな」
「……ああ、すまんな。貴様の話を聞いてやる気分ではなかったのだ」
「めんどくさいっッスもんね、万丈目くんの話」
「なんだと貴様ら……!」
ああやっぱり! 予想通り荒れてきた食卓を前に十代は心の中で叫んだ。
「まあまあ落ち着くドン」
「そうだぜー、飯がまずくなるー」
そこにさらにヨハンたちがガソリンを投下してくれるものだから、早速食卓は炎上である。
十代はどうしたのものかと叫び出したくなった。喧嘩するな仲良く飯食え! と。
「我慢ならん! 前々から貴様の俺への態度は気に食わなかったんだ! いい機会だからきっちり勝ち負け付けてくれる! デュエ……いだだだだ」
「…………」
立ち上がった万丈目と砂夜子。
デュエルを申込もうとした万丈目の黒髪を砂夜子が、ぐいいい! と引っ張った。
まさかの物理攻撃に万丈目もどうしていいか分からず涙目で砂夜子の手を引き剥がそうとしている。
砂夜子の方は黒いオーラをまき散らしながら万丈目を睨んでいた。
「いいッス! やっちゃえ砂夜子ちゃん!」
「負けんな万丈目ー! 情けないぞー!」
「レッド寮の星! 地球を守れ!」
「万丈目の髪の毛引っこ抜いちまえ! 後ろに座ってると板書するとき邪魔でしょうがなかったんだよ! 頑張れ宇宙人!」
いつの間にか食堂内にいた生徒たち皆がふたりの喧嘩を観戦し、野次を飛ばす自体となっていた。
「おい、やめろって……」
十代は間に入って止めさせようとするも、弾かれてしまう。
そのまま掴み合いの取っ組み合いに発展してしまったふたりに、十代は泣きたくなった。
砂夜子にマウントを取られ、一方的にやられている万丈目に野次馬の声援が飛び交う。
十代は目に滲んだ涙を袖で拭い、再び止めに入ろうとした。
だが、その必要はなくなるのだった。
「Stop! やめるんだ砂夜子」
砂夜子が振り上げた右腕を、後ろから掴み上げた。
十代はその男を見上げて、声を上げる。
「ジム!」
砂夜子は振り返った。
そこには自分の腕を掴み上げ、見下ろすジムの姿があった。
その後ろに肩を弾ませる剣山がいる。いつの間にかいなくなったと思ったら彼を呼びに行っていたのか、と砂夜子は考える。
ジムは砂夜子の腕を掴んだまま、万丈目にも視線を寄越して苦笑いした。
「Are you right? 万丈目」
「大丈夫に見えるのか!」
それもそうだな! 見えないよハハハ!
そう言ってジムは笑い、砂夜子を立たせた。大人しく従う砂夜子を一瞥する。
砂夜子はバツが悪そうに目をそらした。
周りに群がっていた生徒たちは、興冷めだとばかりに自分たちの席に戻っていき、食事を再開した。
「助かったぜジム……俺じゃどうにもできなくて」
「なに、構わないさ。それで、一体どうしてこんなことになったんだい?」
「それは……」
「万丈目の癇癪が砂夜子の導火線に飛び火したんだ」
ジムの問いに、十代の言葉を遮ってヨハンが答えた。
ギロリと万丈目に睨まれるも、気にしていないらしい。舌まで出している。
ヨハンもヨハンで大分事を引っ掻き回してくれたような気がするが、十代はあえて何も言わなかった。
ジムは苦笑い混じりに頷いて、砂夜子を見下ろす。
「……帰る」
砂夜子は小さくそう言うと、背を向けて歩き出した。
ジムの肩と砂夜子の肩がぶつかったが、何も言わずに行ってしまった。