その夜、砂夜子はアカデミアの屋上にいた。
涼しさを含んだ風が闇に溶ける黒髪をそっと揺らし、月明かりが白い頬や長いまつ毛を照らす。
砂夜子は明るい月と星ぼしを見上げ、小さくため息を付く。こんな時間に、こんなところに呼び出した張本人が未だに現れないからだ。
別に夜は嫌いではないし、寧ろ好きだ。けれど、今は自室に篭ってテレビを見るなりベッドに入るなり、とにかくゆっくり寛ぎたい気分なのだ。それを我慢して、こうして時間を作ってやっているというのに、待ち人は現れない。
自分を義理堅く辛抱強いと思う砂夜子も、いい加減に苛立ってきた。

もう帰ってしまおうか。散々待ったのだから、いいだろう。呼びつけておいて来ない方が悪い。そうだ、きっとそうに違いない。

「砂夜子」

帰ってしまおうと歩き出したその時、呼びかける声があった。
振り返れば、扉を開け放ち肩を弾ませるジムの姿があった。
ジムは何度か息を整えると、ブーツを鳴らして砂夜子のもとに駆け寄る。
砂夜子の前に立つと、うっすら浮かぶ汗を拭い、にへらっと笑った。

「……遅い。もう帰るところだった」

「Sorry! 本当にすまない。待っていてくれてありがとう、嬉しいよ」

「それで……用とは何だ」

頭を下げようとするジムに「いい」と言い、砂夜子は本題を切り出した。

「Oh! そうだった。君に渡したいものがあってね」

ジムが制服のポケットをまさぐる。
砂夜子はそれを何となく見ながら、ジムがポケットから手を引っこ抜くのを待った。
さっきから待ってばかりだと砂夜子は密かに思う。

「これを、君に」

やがてジムは、ひとつの小さなケースを取り出した。
カードケースよりも小さなそれは砂夜子の手の中に収まった。
特に装飾も施されていない、地味なケースを、砂夜子は少しだけ目を丸くして見る。色々な角度から覗き込む砂夜子の反応に満足げに頷いたジムが、手を伸ばしてケースを取り上げた。
そして砂夜子の目の前で、開けてみせた。

「……石?」

白いクッション材が敷き詰められたケースの中に、小さな褐色の石がひとつ転がっていた。何となく遊城十代の持つ茶色い毛玉モンスターを彷彿とさせるフォルム、ザラザラとした表面。砂でもついているのだろうか。

「Yes! デザートローズという石さ。夜の砂漠のように静かで穏やかな君にぴったりだと思ってね。今日の夕方には届くはずだったんだが、中々到着しなくて、待っていたら遅くなってしまったというわけさ」

「……そうか」

ジムの手首の辺りを掴み、まじまじと石を見る。
この石が、自分には似合うのか。ジムの目にはそう映るらしい。
砂夜子はそもそも石については無知であり、考えたこともなかった。
 
デザートローズ。別名、砂漠の薔薇。
水中のミネラルが溶け出し、形成される。石膏、重晶石を含み、どちらを主成分とするかによって色や形状が変わる石である。薔薇の花弁のような形をしている。

「砂漠で採れる石なんだ。薔薇みたいな形をしているだろ? だからデザートローズ、砂漠の薔薇と呼ばれているんだ。硬度は2〜4で、とても脆い。比重もどちらかというと低い数値を示していて……。ちなみに水の中に溶けたミネラルが無いと生成されない石で、こいつが産出された場所にはオアシスが……むぐ」

「わかった、もういい」

呪文を唱え始めたジムの口を手で塞ぐ。
鉱物的観点の話など聞いてもさっぱりわかるわけがない。
大人しくなったジムの手からケースを取り返し、もう一度月明かりに照らして眺めてみた。

「……気に入ってくれたかな」

「…………まあまあだな。だが、せっかくだから貰っておく。ありがとう」

「Yes!」

ジムが小さくガッツポーズをする。それを視界の隅に捉え、砂夜子はケースをひと撫でした。
ジムは嬉しそうに砂夜子を見ると、小さく咳払いをする。
わざとらしいその仕草に、砂夜子は視線をジムに移した。

「……なんだ、白々しい」

「その、お礼というか、なんというかだな。その石を君に贈るかわりにお願いがあるんだ」

「そちらが先ではないのか、普通は。私が言うことを聞く変わりに……いや、いい。それで、なんだ? 受け取った以上は、聞いてやる」

砂夜子の言葉に頷いて、ジムは改めて砂夜子に向き直った。

「砂夜子! 明日、俺に本を読んでくれ」

「……本?」

それは意外な願いだった。
以前に何度か図書室を共に利用したことがあったが、いつもジムはふらりと現れて何をするわけでもなく、砂夜子の隣で昼寝をしていた。たまに起きたかと思えば読書の邪魔をしてきた覚えがある。それが、本を読んでくれとは。
もっと重労働かと思っていただけに、なんだか拍子抜けだ。

「そんなことでいいのか? 構わないが……」

「Yes!! ああ。君の声なら、Jpanese hororも楽しめそうだ」

先ほどよりも大きくガッツポーズをして、ジムは口笛を吹いた。
砂夜子は、何がそんなに嬉しいのかと疑問に思い首をかしげる。しかし口には出さないでおくことにした。
指先で触れるケースは、手の熱で温かくなっていた。さらに何度かケースを撫でると、カチャカチャと小さな音がする。
突然の贈り物に驚いだけれど、嫌では無かった。嬉しかった。
誰かが自分のために何かを選んでくれた経験は、今までなかったからだ。

「それでは、そろそろ帰る。今日はもう疲れた。星も陰ってしまったし」

いつの間にか雲に覆われてしまった夜空を見上げ、砂夜子は言う。
それにジムは頷く。
砂夜子は小さく手を上げジムに背を向けると、ひとり屋上を後にする。

「送っていくよ! hold on!」

そんなジムの声を背に受けながら、扉を開けて暗い階段を下りた。
ポケットに入れたケースを手で抑えながら。


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