沢渡一週間(仮)水曜!夕方


 カフェを出た後は、近くのゲームセンターやカードショップを巡り歩いた。

流行りのアーケードゲームをプレイするときも、カードを選んで、パックを開封する時も、名前は楽しそうだった。そんな彼女を見ていると、この時間がもっと続けばいいと沢渡は思ってしまう。
だがそんな沢渡の思いとは裏腹に、日は傾き始め辺りは橙色に染まり始めていた。
目の前にはLDS。二人のLDSを目指す小さな旅路は終を告げていた。
沢渡は内心僅かにがっかりしながらも、LDSを指差しながら名前を見る。

「さてと、ついたぜ。ここがLDSだ」

そう言ってビルを見上げれば、あまりの高さに首が痛くなった。
西日に照らされ輝く、舞網市のシンボル的な存在、レオ・コーポレーション本社ビル。沢渡は目を細め、ぼんやりとビルを見上げていたが、隣から聞こえてきた小さな声に反応する。

「ここがLDS……」

沢渡に倣いビルを見上げていた名前は小さく呟くと、前を向いて歩き出す。
長い髪を揺らし歩く名前の視線はビルの入口だけに注がれている。
まるで沢渡の存在を忘れてしまったかのように一人でビルに入り込もうとする名前を、沢渡は慌てて追いかけた。



 「名前! そんなに急ぐなって!」

LDSに入り込むなり、名前は駆け出した。
鍛錬に励む生徒達や最新設備をちらりと一瞥するだけに止め、沢渡の声にも答えることなく名前はエレベーターを目指してLDS内を進んでいく。
その後ろを沢渡が追いかける姿は異様で、周りにいた生徒達は何事かと目を丸くした。

『おい、あれ沢渡じゃん』

『一緒にいるのは誰?』

あちこちから聞こえてくる好奇の声。すれ違う生徒達は二人を振り返るが、名前は気にしない。沢渡も気にする余裕なはなく、どこか焦る名前の後を思うのに必死だ。
駆け出して一気に距離を詰め、エレベーターの前まで来ていた名前の手を捕まえた。

「名前ッ!」

「……あ、ごめん……。もうすぐ日が落ちるかと思ったら、何か足が勝手に……。」

沢渡に腕を掴まれ、名前が動きを止め振り返る。そして力なく笑った。
ビルに入る前、街で見せたような笑顔ではなく、弱々しい笑みだ。
その笑みに沢渡の目元がほんの少し苦しげに歪む。違う、自分が見たいのはそんな笑顔じゃない、と……。

沢渡は掴んでいた名前の手を包み込むように握り直し、優しく引く。

「沢渡?」

「……日が落ちたなら、夜景を一緒に見よう」

ふ、と沢渡は笑う。
相変わらず気障ったらしい笑みではあったが、名前を落ち着かせるには十分だった。
結希は一度目を丸くして、それから気の抜けた笑みを浮かべた。今まで背負っていた焦りもない。

「夜景って……臭すぎ。それに、夜景じゃ街がちゃんと見えないじゃない」

「げ! そ、そうかも」

「アホ」

へらっと笑うと名前は沢渡の手をそっと解き、静かにエレベーターに乗り込む。
沢渡も名前が笑ったことに安心し、エレベーターに乗り込んだ。






 「……はあ。ショー……ック……」

日は完全に沈み、夜の帳が降りる頃。
LDSセンターコートで行われる生徒達のデュエルをぼんやりと眺めながら、沢渡は呟いた。その傍らに立つ名前は小さく溜息を付くと、沢渡の肩を軽く叩いて言う。

「仕方ないじゃない。そりゃあ上に行けなかったのは残念だけど」

二人は、ビルの最上階に行くことは出来なかった。
エレベーターを降りた二人の前には黒いスーツの男が警備員と共に立っており、こう告げた。

『ここより上はレオ・コーポレーションのオフィスとなっている。一般人は立ち入る事はできない』

……と。
見たところ警備員よりも上の立場の男にそう言われてはどうしようもない、と、渋々二人は再びエレベーターに乗り込みLDS一階に戻ってきたのだ。
その後、名前に引っ張られるようにLDS内を見て回ると、センターコートが見える通路までやってきた沢渡。そして立ち止まると下を向いてしまった。

「大体、何で私よりあんたの方が落ち込んでるのよ」

「だってさあ……」

じとっとした名前の視線を受け流し、沢渡は先ほどの男とのやり取りを思い出すと、ほわんほわんと回想を始めた。


『LDSの生徒であり、市議会員のパパを持つこの俺でも通してくれないわけ?』

『確かに沢渡議員には資金面等で大変世話になっている。だが、そのご子息とはいえここを通すわけにはいけない。大人しく去りなさい』


「……って。パパの名前を出しても思い通りにならないことがあるなんて……」

回想を終えた沢渡は情けなく顔を歪め、ズルズルとその場にしゃがみ込む。
そんな沢渡を見下ろしていた名前は短く息を付くと、顎に指を掛け言った。

 「市議会員のことはよく知らないけど、レオ・コーポレーション相手に親の肩書きはあまり意味無いようね」

運が悪かったわ。と結希は続ける。先程の男はどうやら赤馬に近しい男らしく、警備員よりも融通が利かない。そんな男が警備員と共にいたところに鉢合わせたようだ。

「……」

「……もー」

何も言い返すことなく背中を丸めてしょげる名前の腕を結希は掴んだ。
突然腕を掴まれ驚く沢渡を引っ張り上げる。

「しっかりしなさい!」

「いっ……たい!」

名前は沢渡を立たせると、その肩をペシッと叩く。
ただでさえ情けなかった沢渡の顔はさらに情けなく歪み、ついには涙目になってしまう。
名前はそんな沢渡の腕を掴むと言った。

「今日はもう帰りましょう」

「名前……」

「今日一日楽しかったわ。LDSも見れたし。ビルの上に行けなかったのはちょっと残念だったけど」

掴んでいた沢渡の腕を放し、名前は両手を後ろに回しはにかむ。
心からの明るい笑みを浮かべる名前に、沢渡は表情を和らげ、うっすら浮かんでいた涙を袖口で拭う。

「……俺も楽しかったよ」

「ん、良かった」

さあ帰るわよ。そう言うと名前は沢渡に背を向け歩き出す。横に並んだ沢渡をチラリと見て、名前はぽそっと呟いた。

「……今日はありがとう、沢渡」

声の大きさの割にしっかり届いた名前の声に、沢渡は満足げにに笑みを浮かべて頷いた。

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