沢渡一週間(仮)水曜!午後


 午後の授業を抜け出した沢渡と名前は、学校から少し離れたアーケード街に来ていた。
平日の昼間ということもあってアーケードは程よく空おり、その人々の間を、名前はすいすいと走り抜けていく。スカートを翻し、時折沢渡を振り返りながら走る。

「沢渡! ほら早く!」

「待てって!」

沢渡はもたもたと走り、何とか名前を追いかける。
アーケードを抜けた先で名前が立ち止まり、追いついた沢渡は名前の隣に立った。
肩を弾ませ、沢渡が息を整える。最後に何度か深く呼吸をし、完全に息を整えれば、隣に立っていた名前がすっと正面を指差した。

「あれがLDSね。大きなビル……」

名前が指差す先には一際大きなビル……レオ・コーポレーション本社ビルが見えた。
離れていてもはっきりとわかるほど大きなビルだ。

『LDSが見てみたい』

それが名前の“お願い”だった。
どんなお願いをされるかとヒヤヒヤした沢渡だったが、元々LDSの生徒である沢渡にとって名前の要望はとても簡単なものだった。
『そんなことならお安い御用』と二つ返事で頷いて、沢渡は名前の手を引き街へ繰り出したのだった。

LDSを目指す道中、所々で寄り道をすれば行く先々で名前は楽しそうに笑う。
初めて言葉を交わした時や先程学校で見せた“キツイ”印象とは打って変わって、目の前の名前はよく笑った。新たな一面を発見したようで、沢渡も嬉しくなる。ふわふわと心が舞い上がるのを感じていた。
『沢渡』と、笑顔で名を呼ばれる度に、もっと彼女の事を知りたくなった。

もっと色々な名前が見たくなって、沢渡はわざわざ寄り道を繰り返し遠回りのルートを選んで進んだ。

「転校早々授業サボっちゃった」

「俺も、何も言わず出てきちゃったからなあ」

「悪い事してるってわかってるけど……楽しい!」

へへっと悪戯っ子のように名前は笑う。また初めて見る表情に、沢渡の頬が微かに熱を帯びる。そんな沢渡の変化に気付くことなく、名前は駆け出し、すぐ目の前にあったオープンカフェの入口から沢渡を呼んだ。

「沢渡、お腹すいた! ここでお昼にしましょう」

「ああ、そういえば俺も昼飯食べ損ねたから腹減ったよ」

はあ、と腹の辺りをさすりながら、沢渡は名前の後に続き、カフェの扉を潜った。







 「で、何故LDSに行きたいんだい?」

「んー?」

ハンバーガーに齧りついていた名前は、沢渡の問いに間延びした声を発した。
ボタボタと垂れるソースが制服に落ちないよう気を付けながら、もぐもぐとハンバーガーを食べ進めていく。二、三口ほど齧り咀嚼し飲み込んだところで、名前はようやく口を開いた。

「舞網市っていったら、とりあえずLDSかなって思って。それに、LDSはレオ・コーポレーション本社ビルの中にあるんでしょ? 私、あのビルに行ってみたい。そして、ビルの一番高いところから舞網市を見下ろしてみたい。まだ、舞網市のことあまり知らないから、高いところからどんな町なのか見てみたいの」

「ふーん……そういえば転校生だったっけ。遠くから引越して来たの?」

「まあ、少し離れた街からね」

「へー」

今まで結希を見かけなかったことの説明がつく。
沢渡は相槌を打つと、自分が買ったアップルパイに手を伸ばした。
ぱくっと齧り付けば、林檎の酸味とカスタードの甘さ、そしてシナモンの香りが口いっぱいに広がって、思わず頬を緩めた。
その傍ら、頭の中では名前の言葉を復唱する。

「あ、LDSで思い出した」

アップルパイを頬張っていた沢渡は、名前が言った『LDS』というワードから、ふとあることを思い出す。
一度パイを皿の上に戻し、指先についたパイくずを落としながら名前をまっすぐ見据えた。口の端にソースを付けたままハンバーガーを食べていた名前が沢渡を見つめ返してくる。カチ合った互いの視線に急に照れくさくなって、沢渡は一つ咳払いをしてから口を開いた。

「名前、一昨日君がエクシーズ召喚をしているところを見たんだが」

「ええ、確かにしたけど……。それがどうしたの?」

きょとん、とした顔で名前は答える。それから布巾に手を伸ばし、口の端についたソースを拭き取り始めた。
沢渡は、そんな名前と一昨日デュエルコートで見た結希を重ね合わせながら、本題へと話を進めていく。

「舞網市でエクシーズ召喚を扱える人間はそういない。扱える人間達もLDSに通うエリートらが殆どだ。でも君はLDSの人間じゃない」

「……」

名前が口を閉ざす。沢渡をじっと見つめ、一瞬だけ何かを警戒するような眼付きをした。『何が言いたい』、とその目が沢渡を射抜いた。
微かに重さを感じさせる沈黙を沢渡が破り、本題を切り出した。

「単直に言おう。何故エクシーズ召喚が使える?」

沢渡のクエスチョンに、名前は静かに答える。

「……自分でもよくわからないわ。どうやって身につけたのか、いつから使えるのか、わからない。……でも私にとっては当たり前の召喚法よ。普通のこと」

「そう、なんだ……」

「ええ、そうよ。さ、この話はおしまい!」

ぱん! と結希が手を打った。
微かに重かった空気を無理やり打ち払うかのように、笑みを浮かべて。
そして「ごちそうさまでした」と両手のひらを合わせると、うんと伸びをする。
いつの間にかハンバーガーは綺麗に無くなっていて、一緒に買ったジュースも空だ。
それを見た沢渡は慌ててアップルパイを再び食べ進める。

「沢渡、この後なんだけど……」

アップルパイを味わいつつ、沢渡は先程の名前の言葉を頭の中で繰り返していた。

“自分でもよくわからない”

……そんなことがはたしてあるんだろうか。
話を強引に打ち切られてしまった以上、真相を知るのは難しいかもしれない。
それを沢渡に教えるほど、まだ名前は沢渡に心を許していない。当然といえば当然だ。
楽しそうにこの後の予定を話す名前を見ながら、沢渡はひっそりとそう思った。

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