沢渡一週間(仮)水曜!午前
翌朝になっても、沢渡の頭の中はあの少女のことでいっぱいだった。
『気持ち悪い』
目を閉じれば蘇るあの言葉。思い出す度にダメージを食らうと分かっていながら、何度も頭の中で繰り返してしまう。そして憂鬱げに溜息を付いてしまうのだ。
そんな中、少女との再会はあっさり果たされた。
舞網中のとある廊下で、沢渡はわなわなと口元を震わせ、震える指を突きつけながら叫んだ。
「榊遊矢……ッ」
昼休み、取り巻き達の元を離れ一人トイレに行っていた沢渡。
用を足し手を洗ってトイレを出て少し歩いた所で榊遊矢と出くわしたのが……
「なぜ貴様が彼女と一緒にいる!?」
遊矢の隣には、件の少女がいた。
目を丸くし、『なんのことだよ』と首を傾げる遊矢に対し、少女の方はあからさまに面倒臭そうな顔で沢渡を見ている。
そんな視線をものともせず沢渡は少女に向き直ると、すっと手を差し出し気障ったらしく微笑んで見せた。
「また会ったね、お嬢さん。何故君が榊遊矢なんかと一緒にいるのかは知らないが、また会うことが出来て嬉しいよ」
「なんかってなんだよ! 名前は俺のクラスの転校生で、俺は学校の案内を任されたの! ……ていうか、何、二人は知り合いなの?」
「名前? そうか、君は名前って言うんだね。ステキな名前だ」
「……どうも」
「転校生だったんだね、どうりでこの辺で見かけないわけだ」
沢渡は遊矢の問を無視し、遊矢と少女……名前の間に割り込むように立つ。そして無理やり名前の手を取り、きゅっと握った。
名前は黙ったまま、胡散臭そうに沢渡に取られた自分の手を見つめている。
そんな名前に気が付くことなく、沢渡は一方的に話を進めた。
「昨日は驚かせてしまって済まなかったね。決して君をストーキングしていたとかそういうわけじゃないんだ」
「ストーキング!? 沢渡お前なにしてんだよ!?」
「今大事な所だからちょっと黙っていてくれ榊遊矢クン」
「……」
遊矢が沢渡に言われた通り黙り、それを見て沢渡は名前に一層キラキラと微笑み掛ける。
「一昨日見た君のデュエル……そして君の瞳が忘れられなくて。どうしてもまた君に会いたくなったのさ。だから君を見かけた時思わず追いかけてしまったんだ……」
「……ちょっと」
「うん?」
ずっと黙っていた名前が口を開き、その顔を沢渡が覗き込む。
さらに近くなる距離に、名前の顳かみに一本の青筋が浮かび上がった。
自分の手を握っていた沢渡の手を振りほどき、その手で沢渡の前髪をむんずと掴み上げる。
そのままぐいっと沢渡の顔を自分から遠ざけ言った。
「馴れ馴れしい! 大体いきなり手握ってくるなんてどういう神経してるのよ!」
一息に言うと、沢渡の前髪を掴んでいた手を離しキッと睨み付ける。
沢渡は名前の剣幕に、冷や汗を流し震えながら声を搾り出した。
「ご、ゴメンナサイ……」
「……あんたがストーカーしてたこと、皆に言いふらすから」
「それはやめてー! ていうかストーカーじゃないんだって!」
ぷるぷると情けなく震える沢渡に、両腰に手を当て仁王立ちで詰め寄る名前。
自業自得とはいえ何だか沢渡が可哀想に見えてきて、遊矢は苦笑いを浮かべ二人の間に入った。
「まあまあ、落ち着けって名前! 確かに沢渡は見栄っ張りで一々気障で変な奴だし色々狡い手使ってくる正直どうしようもない奴だけどさ。でも本当は小心者で根は悪い奴じゃないんだ。だからこの辺で許してやってくれないかな……」
「だからストーカーじゃない! あと馬鹿にしすぎだろ! 全部悪口じゃないかッ!」
「フォローの入れようが無いんだよお前! ……な、頼むよ名前! 沢渡もお詫びに何でも言うこと聞くって言ってるし」
「待ってそんなこと言ってな……」
「うーん……まあ、それなら……」
遊矢の言葉に、渋々名前が頷いた。それからちらっと沢渡を見ると、何かを考えるような素振りを見せる。そしてにんまり笑うと。
「わかった、ストーカーの件は許してあげる。その代わり、何でも言うこと聞いてくれるのよね」
「ああ! 沢渡が!」
「いやだから俺は聞くなんて……」
沢渡を置いて話は進んでいく。
名前は沢渡を見ると、『それじゃあお願いがあるんだけど』と人好きのする笑みを浮かべた。
その笑みに逆らうことができず、沢渡は頷いてしまっていた。
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