沢渡一週間(仮)火曜!


 雨の中、沢渡は再びあの路地を歩いていた。
黒い傘を差し、砂で濁る水溜りを踏みつけ、キョロキョロと辺りを見回し何かを探す彼の姿はどこか浮いている。
だがそれを気にすることなく、沢渡は傘越しに灰色の空と低いビル達を見上げた。

「あったあった」

小さく呟く沢渡の視線の先には、小さなドーム……昨日潜り込んだデュエルコートだ。
あのコートに行けば、またあのエクシーズ召喚を操る少女に会える気がした。
会って、またあの瞳を見てみたい。何を言うか、どんな話をするかはまだ考えていたないけれど。
そんな思いから、泥水が跳ねるのも無視して沢渡は走り出す。

ひゅっと息を吸えば、冷たい空気が肺の隅々まで行き渡り、その刺激にむせ返りながらも、目的のデュエルコートの前にたどり着く。そして小さなドアを開けようとした時だ。

ひらり、と視界の端を何かが横切った。
急いでそちらを振り向けば、灰色の空の下を真っ赤な傘を差して歩く後ろ姿。傘越しに時折揺れる長い髪は昨日見た少女の髪と同じ色をしていた。

「ね、ねえちょっと君!」

慌てて沢渡は少女を追って慌てて駆け出す。

少女は沢渡の声に反応することなく、入り組んだ裏路地をすいすいと進んでいく。
慣れない道のりに苦戦し、時々少女の姿を見失いそうになりながらも沢渡は何とかその後を追い続けた。





 行き着いた先は周囲を見下ろすことが出来るビルの屋上だった。
“見下ろすことが出来る”と言っても十階建てほどの古いビルで、人の姿は殆どない。それ故少女も沢渡も簡単に侵入出来たわけだ。

沢渡が屋上のドアを開けると、真っ赤な傘を差す少女の後ろ姿が目に入る。
その傘が揺れ、雨粒が散った。
少女は振り返り、ゆっくりと沢渡の方を見た。

「……あ」

まっすぐ交わった視線に、沢渡が声を漏らす。
正面に見据える先にある瞳は間違いなく、昨日デュエルコートで見た華麗に舞う少女のものだった。
こんなにも早く再会できるなんて! やっぱり自分はついてる!
沢渡は鼓動が早くなるのを感じながら、すっと息を吸い口を開く。

「は……初めまして、俺は沢渡シンゴ。昨日のデュエル、見たよ。……お嬢さん、あなたの名前は?」

やや声を上ずらせながらも、沢渡は手を差し出し少女に歩み寄った。
眉を寄せ、目力を意識して、自分が格好良いと思う顔を作る。
……完璧、イケメン過ぎでしょ俺。

真っ赤な傘越しに、少女が僅かに目を見開き頬を染めた。静かに揺れる瞳……。
そして沢渡に歩み寄り、その手を。

パシンッ!

「……い、いったあああ!」

思いっきり叩き落とした。沢渡は情けない悲鳴を上げて傘を放り出し、少女に叩かれて赤くなった手の甲を涙目で抑える。

少女の方はキッと眉を釣り上げ、先程まで静かだった瞳に強く感情を浮かべると、ビシィッと沢渡に食指を突きつけ叫んだ。頬の赤みは沢渡にときめいたとかではなく、単に怒りの感情が高まったせいらしい。

「あんた! さっきからずっと私のこと付け回して一体何のつもり!?」

「え、ええ! 付回すだなんて俺は別にそんなつもりじゃ……」

「はあ? 思いっきり付け回してたじゃないこのストーカー! 大体何が“お嬢さん”よ。ていうか……」

「て、ていうか……?」

少女は息を整えると、これでもかと言うほど上から目線に沢渡を見下ろし言い放った。

「気持ち悪いんだけど」


 ……ガツンと後頭部を殴られたような感覚を沢渡は覚えた。
キメ顔で紳士的に差し出した手を思いっきり叩き落とされた上でのこの暴言……。
愕然と固まる沢渡を少女は駆け足でスルーし、屋上から去っていった。

一人残された沢渡は、雨の中で情けなく膝を抱えるのだった。

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