豆って言うな!/鋼の錬金術師


 「兄さん……!」

「野郎……!」

アルの声に、ぎりっとエドは唇を噛んだ。
目の前にはひったくり犯、その腕の中には喉にナイフを押し当てられた少女。
その少女、名前は目を丸くして状況を把握しようと必死に頭を動かした。

「な、何すっかなんすかこれ……! ていうかお兄さんもしかして悪い人っすか!?」

「おいあんた! そいつはひったくり犯だ!」

エドが叫んだ。名前は大げさに肩をびくつかせて男を見上げる。

「ひったくり犯……じゃあその鞄は!」

「さっき適当にひったくった鞄だよ!」

「妹さんとの約束は!?」

「俺に妹なんていねえ!」

「んなー!?」

騙された……と名前が顔を青くした。
男は、がっくりと肩を落とす名前からエドたちへと視線を移す。
身構えるエドたちを見ると、こう叫んだ。

「おい豆粒! さっさとこれを解きやがれ! 早くしねえとこのお嬢さんの命は無いぜ?」

これ、とは男と名前を拘束する石畳でできた巨大な掌だ。
掌は男を拘束する際に一緒に名前まで拘束してしまっていた。
そのまま名前を抱え込み、人質にしてしまう。

「豆粒言うな!!」

「兄さん落ち着いて!」

ぎゃんぎゃんと「豆粒」発言にブチげれるエドを押さえ込みながら、アルは焦る。
男が名前をピッタリと抱え込んでいる以上こちらは下手に動くことができない。
錬金術を使おうものならば、錬成するよりも速く手に持ったナイフで名前を刺すだろう。

「くっそ、どうすればいい……!?」

エドも同じことを考えていたのか、歯がゆそうに吐き捨てる。
男は「早くしろ!」と怒鳴りながらナイフの先端を名前の喉に軽く押し当てる。
ぷつり、と小さな赤い玉が名前の皮膚に出来た。それはするりと流れ落ちて襟を汚す。

「ひい!」

短く悲鳴を上げた名前の目に涙が浮かんだ。口元を引きつらせ、助けを求めるようにエド達を見る。その瞳を“絶対助けるから”と訴えかけるようにエドは見つめ返す。
しかし打つ手なしといった様子のエドの顳かみを、一筋の汗が滑り落ちた。その時だった。

パン!!!

…………カランッ

一発の銃声。そして地面に転がる歪に変形したナイフ。
銃声が聞こえた方を見れば、そこには。

「……ホークアイ中尉!」

「マスタング大佐!」

エドとアルが声を二人の名を呼んだ。
構えていた拳銃を下ろすホークアイと、その隣に立つマスタング。
男の持つナイフをホークアイが撃ち落としたのだ。
その衝撃をモロに受けた手首を抑え、男が悶絶する。

「やあ鋼の。外に出ている最中に遠くに錬成反応が見えたから来てみれば……また君絡みかね。一体何の騒ぎだ?」

ゆったりと、堂々とマスタングは歩み寄る。
そして、地面に転がる歪んだナイフと、未だに悶絶している男、白目を剥いてガクガク震えている名前を見ると「ほう」と器用に片眉を上げた。

「何となく察しはついた。だが少々手こずり過ぎだ。……国家錬金術師ともあろうものが」

「……国家錬金術師?」

国家錬金術師。その言葉を聞いたとたん、名前は震えるのを止めてマスタングを見た。それからエドを見る。そして驚いたように目を丸くし、言った。

「国家錬金術師……あなたが」

「……おう、いかにも。俺は鋼の錬金術師、エドワード・エルリックだ!」

にっと不敵に口角を上げ、エドは名乗った。
力強い金色の瞳に、名前は吸い込まれそうな気持ちになった。
再び口を開く。

「……国家錬金術師ってちっさくてもなれるんっすね」

名前の口からぽろっと出た言葉。笑みを浮かべていたエドの額にピキッと青筋が浮き立つ。

「誰が小さ過ぎて見てないスーパーウルトラハイパードチビだー!!」


 ■

 「私は名前・苗字っていいます」

「名前か、よろしくね。僕はアルフォンス・エルリック」

「よろしくっす。……えっと、エドワードさん」

アルと簡単な自己紹介を済ませた名前は、憲兵達に引き渡される男を見送るエドの背中に、声を掛ける。

 「あの、ありがとうございました! ……あと、小さいって言ってごめんなさいっす」

振り返るエドは「どういたしまして。あと、もういいから気にすんな」と返す。
穏やかな雰囲気のエドに、名前はほっと胸を撫で下ろして言った。

「私……田舎の外は怖いものばっかりだって思うけど、でもあなたのような優しい正義の人もいるんっすね! 助けようとしてくれたエドワードさん、かっこよかったっす」

目を輝かせ、名前は言う。
真っ直ぐな眼差しにエドはちょっぴり頬を赤らめて、後頭部をガシガシと掻く。

「まあなんだ、正義っていうか当たり前のことをしただけっていうか」

「あ、兄さん照れてる」

「う、うるせえアル!」

横からちょっかいを出すアルにエドが声を荒げる。
その様子を楽しげに見ていた名前だが、すぐ横を通り過ぎた影に気が付いて咄嗟に追いかけた。


 「ちゅ、中尉さん!」

鳶色の瞳が名前を見た。
凛とした佇まいに、思わず名前の方にも力が入る。
緊張を隠せないまま、名前は勢い良く頭を下げた。

「た、助けてくださってありがとうございました! 中尉さんがあの時犯人のお兄さんを射ってくれなかったら私どうなってたか……。本当にありがとうございます……!」

ホークアイは一瞬目を丸くすると、ふと微笑んだ。

「私は当然のことをしたまでよ。あなたに大きなケガがなくて良かったわ」

「中尉さん……」

うるっときたっす。そう言って名前はぐいっと目元を乱暴に拭うと「はい」と笑った。

「私はリザ・ホークアイ。中尉さん、でもいいけど名前で呼んでくれると嬉しいわ」

「は、はい! ホークアイ中尉! 私は名前・苗字です!」

「そう、よろしくね、名前ちゃん」

「はい、よろしくお願いします!」

ペコペコと頭を下げる名前を見てホークアイは可笑しそうにくすっと笑う。
笑われてしまった恥ずかしさに頬を赤くしながら、名前は思い出したように口を開いた。

「あの、ホークアイ中尉。中尉は東方司令部にお勤めしてるんっすか?」

「ええ、そうだけど」

ホークアイが頷くのを見て、名前はぱああっと表情を明るくした。
ずいっとホークアイに詰め寄ると、胸の前で両手を合わせ言った。

「東方司令部ってどこにあるっすか!?」



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