デュエルディスクの傷(ygo/遊星と……)


 「うん。……うん、わかってるって! それよりも、お母さん達には内緒だよ? うん。新しいやつじゃなくていいの。お古でいいって」

堅苦しい正装を脱ぎ捨てながら、携帯電話の向こうから聞こえてくる声に答える。
電話口から聞こえてくる声は少し呆れていたが、幼い頃から見知った不器用な優しさがにじみ出ていた。
ベットの上に置かれたデッキケースをそっと撫で、それから用意していたいつもの服を手にとった。
袖を通し、襟を立てネクタイを通しながら通話を続ける。

「でも、よく持ってたね? ずっと前のものなんでしょ? なに、物持ちがいいって?」

ネクタイを通し終え、襟を整える。
次にスカートを手でぱっと払い、姿見の前で裾が捲れていないか確認した。

「そんなことないって! ありがたく頂きます」

姿見に移る自分の後ろにある棚に置かれたおジャマイエローのぬいぐるみを見た。

「大事にするよ、ありがとう。万丈目おじさん」

“ふん、一つ貸しだ”という声が聞こえてきて、思わず小さく吹き出してしまった。
不機嫌そうな彼に適当に謝って、デッキケースの横に丁寧に置かれた、小さな傷がいくつもついた青いデュエルディスクを撫でた。


 ■


 以前会った公園で、再び遊星さんと待ち合わせる。
デッキを一緒に作りに行った帰り、約束を取り付けたのだ。
真新しいデッキと年季の入ったデュエルディスクを持って、駆け足で公園を目指す。

スカートを翻し、白いヒールを鳴らして走る。
サッチェルバッグに入れたデュエルディスクがカチャカチャと音を立てた。
たん! と踏み込み角を曲がれば、もう公園は目の前だった。

「遊星さん!」

遊星さんは前と同じようにベンチに座っていた。
私が呼び掛ければこちらを向いて表情を少しだけ和らげてくれる。それが嬉しかった。

「名前」

「待たせちゃいましたか?」

「いや、今来たところだ」

遊星さんはベンチから立ち上がり、私を見下ろす。
自然と私も遊星さんを見上げれば、かちりと視線が交わった。

「あっ……えっと」

「……? どうした」

あまりにも真っ直ぐ交わった視線が照れ臭くて、目をそらしてしまった。
遊星さんはそんな私に微かに首をかしげる。

そうしている時間に耐えられなくて、私は思い出したかのように鞄からデュエルディスクを取り出して遊星さんの眼前に突き出した。

「こ、これ! 見てくださいっ! デュエルディスク、手に入ったんですっ。今日からスタンディングデュエルにしましょう!」

ずいっとデュエルディスクを突き付ければ、遊星さんが目を丸くした。

「これは……ずいぶんと古いな」

デュエルディスクを受け取って、遊星さんはディスクに付いている傷に指を這わせながら言った。
傷の具合を確かめながら、「動かしても?」と私に確認する。もちろん、と頷けば遊星さんはディスクを起動させた。

「これをどこで?」

「親戚がむかし学生時代に使っていたものをこっそり送ってもらったんです」

「学生時代……旧デュエルアカデミアで支給されていたものか」

「旧デュエルアカデミア……。そういえば、デュエルアカデミアって昔は海に囲まれた小さな孤島にあったんでしたっけ」

「ああ。そうらしい」

おじさんも、絶海の孤島で青春していたのか。
そう言えば自分が子供のころ、おじさんから思い出話を聞いたことがある。
学園のこと、仲間や教師たちのこと、おじさんが成し遂げたことのこと、おじさんが好きだった女性のこと、学園を襲った脅威。そして、それを退けたヒーローがいたこと。
そんなことを思い出しながら、遊星さんがディスクを動かすのを黙って見つめた。

すらりと長い遊星さんの指がディスクに触れる。
それを見ているのは何だかむず痒くて、視線を手元から遊星さんの横顔に移した。

藍色の瞳が見えた。真剣そうな表情に、私の気持ちも自然と引き締まる。

「……小さな傷がいくつかあるが、どれもデュエルには問題ない。メンテナンスも、定期的に行っていたようだ。外装も修繕の跡がある。よく手入れされているな」

「あ、ありがとうございます……」

遊星さんがディスクを私に返す。それを受け取れば、ディスクは確かな重みを私の腕に伝えた。デュエルディスクって、結構重い。

「その親戚は、これを大切にしていたんだな。それを譲り受けたからには、お前も大切にしろ。きっと、そのデュエルディスクには沢山の思いが詰まっている」

「……そっか」

なるほど、この重みはおじさんの思い出そのままの重さなのか。
そう思ったとたんに、ディスクはさらに重さを増した気がした。
ディスクを装着し、まっすぐ遊星さんを見る。

「……よし! それじゃあ今日もよろしくお願いします!」

「ああ、よろしく」

元気な私の声と、穏やかだが力強い声が公園に響いた。

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