まずはカードを選びましょう (ygo/遊星)


 その後、私と遊星さんは公園を離れ、街中を歩いていた。
一歩進む度、遊星さんの持つ工具箱がカタカタと音を立てる。
重たいその音に耳を傾けていると、前から歩いてきた見知らぬ人と肩がぶつかり、よろけてしまった。
完全によそ見をしていた。

『わ……』

「大丈夫か」

遊星さんが軽く私の肩を支える。
ほんのり熱くなる頬をそのままに頭を下げた。

『大丈夫です……、すみません』

「ちゃんと前を見ないと危ないぞ」

『はい……』

「それで、ルールだが……」

『は、はい。えっとまずはドローフェイズ、スタンバイフェイズですよね。次にメインフェイズ……』

歩きながら遊星さんとデュエルのルールを確認する。遊星さんは何度も相槌を打ちながら私の話を聞いてくれる。
人混みの中をはぐれないように歩くのは中々大変で、時々小走りをすれば、遊星さんが歩調を合わせてくれた。
そうして数十メートルほど進んだところで、遊星さんが足を止めた。

「ここでいいか」

『カードショップ……ですか』

……そこは、カードショップだった。
遊星さんと一緒に中に入れば、初めて見る光景に思わず声が漏れる。

『うわぁ……すごい』

ところ狭しと並べられたカードたち。
カウンターや壁の高いところ、足元まで全てDMのカードで埋め尽くされていた。
……カード専門店だから、当たり前だけれど。
人通りのたくさんある場所に店を構える割りに、店内に人の姿は殆んど無く、静かだ。
客は恐らく自分達しか居ないだろう。
カウンターの奥に店員がひとりだけ姿を覗かせている。

「デュエルの大きな流れは理解しているようだから、さっそくデッキを組もう。あまり難しいものでなければ好きなカードを選んでも大丈夫だろう」

『え……でも私、デッキ組むの初めてだから、何から決めていいのか……』

デッキどころか間近でカードを見るのだって初めてだ。デッキを組む決まりは知っているけど、実際に組むとなると難易度が高い。
遊星さんは、わかっている、と言って頷く。

「まずは好きに眺めてみろ。そして、気になるモンスターを1枚見つけるんだ。それをエースとして組んでいくから、出来るだけレベルが高いモンスターやエクストラデッキに入るモンスターがいい。決まったら俺に声をかけろ」

『わ、わかりました』

遊星さんはそう言うと私から少し離れ、自分のカードを選びに行ってしまった。

『……エースか……どんなのでもいいんだけどなあ』

呟いて、周囲をぐるりと見回した。視界一面を埋め尽くすカード達の中からとっておきの1枚を見つけるのは中々骨が折れそうだ。
漠然としすぎていて、やはり難しい。

『……うーん……』

唸り、しゃがみ込む。値段は最初から気にしていないが、どうしても値札に目がいってしまう。
値が高ければ高いほどいいカードだということなのだろうか……。
いや、きっとそんなことは……。
まあいいや、そのあたりのことはあとで遊星さんに聞いてみよう。

少しの間自由に動き回ってみる。しんと静まる店内はひやりとしていて心地いい。
人がいない、貸切に近い状態というのは気分がいいもので、つい浮かれてしまう。
もしかしたら遊星さんは初心者の私がゆっくりカードを見られるように気を使ってこの店を選んでくれたのだろうか。
もしそうだったら……

『……すごく、かっこいいかも……』

目を閉じれば、遊星さんが優しく微笑む。脳内に映し出された彼と目が合って、咄嗟に頬に手を当てた。
いけない、いけないいけないいけない!

『目を閉じた瞬間遊星さんの笑顔が浮かび上がるなんて……! 重症じゃない……』

はあ……、と溜め息を付きながらショーケースの中を覗き込む。
ガラスに映るだらしない顔の自分をなるべく見ないようにしてカードを見ていたとき、1枚のカードが目にとまった。

『……ナイトエンド・ソーサラー……』

ナイトエンド・ソーサラー。魔法使い族。
星はふたつ、闇属性のチューナー。攻撃力は1300、守備力は400。
このカードの特殊召喚に成功したとき、相手の墓地からカードを2枚除外できる。

『…………あれ? いま……』

まじまじと眺めていたとき、なんだかカードの中の小さな魔法使いと目があったような気がした。瞬きをしてからもう一度見てみるが、今度は目が合うことはなかった。

『気のせい……』

気のせいだったということで自分を納得させる。

『…………すみません』

なんだかそのまま立ち去れなくて、声を出して店員を呼んだ。
静かな店内に私の声がやけに大きく響いた。

* * *

 「まあ、これくらいなら名前でもなんとか扱えるだろう」

『本当ですか?』

店内に設置されたデュエルスペース。遊星さんと向かい合わせに腰掛けて、購入してきたカードたちをテーブルに並べる。その中には先ほどの魔法使いが混じっていた。

「ああ。ちょっと覚えることが多いが、慣れれば上手く回せるようになる」

『よかった……』

店員を呼びナイトエンド・ソーサラーを購入し、その他に上級の魔法使いを1枚選んで、遊星さんと合流した。そしてデッキを構築するカード達を遊星さんと一緒に選んだのだった。

「デッキのエースはアーカナイト・マジシャン。こいつを中心に回していく。それと、シンクロ召喚に慣れるために、マジックテンペスターも採用しよう」

『は、はい!』

少し大きめの声で返事をすれば、遊星さんはくすりと笑った。
何か変なことをしてしまっただろうか……?

「そんなに肩に力を入れなくてもいい。リラックスして、楽しむんだ」

『は……はは、そうですね』

ちょっぴり恥ずかしくて、視線を落とす。視界の端で、遊星さんの長い指がカードに触れるのが見える。テキストを確認して、テーブルに綺麗に並べて、手を離して、私の頭に優しく手のひらを置く。

……ん? 置く……置く……遊星さんの手を、私の頭に……

『えええ!?』

「……! どうした?」

遊星さんが驚いたように目を丸くし、手を離す。
それはそうだ。だって突然目の前に座っていた相手が大声を上げて立ち上がったのだから。

『い、いや……なんでも、ないです……は、ははは……』

引き攣る笑顔で答えた。遊星さんは「そうか……」とひとこと言って、カードに視線を落としてしまった。その顔は穏やかだから、気分を悪くしたわけではなさそうだ。一安心する。
……遊星さんの手が私の頭に……。
頭の中でつぶやきながら、口を開く。

『あの、いま何で……その、頭を撫でたんですか? 私の……』

「ん? ああ、驚かせてしまったか? すまない。緊張をほぐしてやろうかと思ったんだが……逆効果だったな」

『へ……そ、そうだったんですか。すみません、突然大声だして。遊星さんこそ驚いたでしょう』

「まあな、もう平気だ」

『それは……よかったです』

さりげなく、自分の頭に触れてみる。一瞬だけだったが、確かに感じた遊星さんの温もりを探すように何度か髪を撫で付けた。
何気なく視線を下げれば、小さな魔法使いとやっぱり目があった気がして、火照った顔を見られたくなくて他のカードを慌てて重ねた。

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