こわいのこわいの飛んでけ (ygo/ヨハン)


 3つの太陽が照らす、冷たい砂漠。
広い広いその砂漠に、少女と少年は居た。

『……ヨハン、ねえ……起きてよ。お願いだから』

起きて……、そう続けて名前がうつ向き肩を震わせた。

静かに横たわるヨハンの目は閉じられ、長い睫毛は微動だにしない。

氷のように冷たい彼の体にすがり付き、名前は只々涙する。

『夢だったら……夢だったらいいのに』

涙に濡れた唇で、絞り出すように呟いて、きつく目を閉じた。




『……あ』

「起きたか?かなり魘されてたけど……平気?」

『……ヨハン』

目を開けるとそこは冷たい砂漠ではなく、自室の柔らかいソファの上だった。
目の前にはヨハンが居る。
『……夢』

体を起こし、ヨハンを見た。
ヨハンはソファに凭れるようにして座っていた。

「どんな夢見てたんだ?まあ、あんまり幸せな夢じゃ無さそうだけど」

『……ヨハンが死ぬ夢よ』

ヨハンが目を丸くする。しかし直ぐに元に戻った。

「ふーん、さらっと怖いこと言ってくれるネ……」

『……夢だったらいいのに』

「え?」

名前がぽつりと呟いた言葉に、ヨハンが声を漏らす。

『私ね、夢の中でそう思ったの。冷たくなったあなたを前に、“これは現実。どんなに願っても覆らない。夢のように覚めることは出来ない”って。』

「…………。」

『夢の中ではね、そこが現実なの。夢を見てる自覚がないの。
だから、夢から覚めることは、夢の中の私の願いが叶ったということ……。』

「……願いが叶う?」

『そう。夢の中の私はあなたの死を無かったことにして、と願った。そして目覚めたとき、あなたは生きていた。死んでなかった』

ね、願いが叶ったでしょ。と名前が言った。
名前の長い髪が一束こぼれるのを、ヨハンが目で追う。

『すごく安心した。奇跡を見たような気分よ。』

「奇跡……か。」

『うん。……でも、それと同時に怖くなった』

名前が自分の肩を抱き、膝を折る。

『あなたが死んだのは私の夢の中だったから、こうしてまた会えた。
けれど、もし夢の中じゃなく、現実の中で死んでしまったら……!
どんなに強く目を閉じて願っても、奇跡は起きない……!』

「名前……」

「怖いの……怖いよ怖い!夢の中で、身を裂かれるように辛かった……これが現実で起きたら!私は耐えられない……目を覚ましたくても、もう覚ます目が無いよ……」

「名前……現実を見るってそういうことさ。」

ヨハンが名前の肩にそっと触れた。
名前が弾かれたようにヨハンを見る。その目は涙を流していた。

「誰だってそう。皆、怖いんだ。けど……だからこそ、そうならないように必死になって現実の中で戦ってる。
歳を取れば取るほど大事なものが増えて、現実が怖くなることもあるだろう。一度戦いに負けても、それを夢とは違う“過去”という箱に仕舞って、また現実を前に戦うんだ」

人間は色々めんどくさいな、と苦笑いしてヨハンが名前を抱きしめた。
名前は零れる涙をそのままに、ヨハンの肩口に額を押し付ける。

「でもま、俺は簡単に死んだりしないから安心しろよな!遠くにいる親友の加護を受けてるし、宝玉獣や色んな精霊が守ってくれるし、何より名前を残して逝けないからな!現在進行形で現実とバトル中だぜ!」

ヨハンがからからと笑う。耳元でその声を聞き、名前はまたヨハンの服を涙で濡らした。

「あ、そうだ。日本では、こういうときのおまじないがあるんだっけ」

『……おまじない?』

「えっと、怖いの怖いの飛んでけ!……だっけ」

『……ばか、それ怖いのじゃなくて痛いの、だよ』

名前が小さく笑った。

『……ありがと、たぶんもう、悪夢は見ないよ』

暖かい草原を、彼と共に行く夢を願い、名前は再び目を閉じた。


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