◎きらきら(牙琉)
ポッカリと月が浮かんでいる。
真っ黒に染まった木々の向こうに、小さな星達を見つけた。
街灯が少ないせいで、小さいながらも星の輝きが届く。
「よっと……」
人情公園の冷たいベンチに乗り上げ、背伸びした。
普段より視界が高い。空が近い。
「行儀悪いんじゃない?」
すぐ隣から牙琉の声が聞こえる。呆れたような声。
「いいじゃないですか、見逃してください」
「危ないよ」
隣に立つ牙琉が少しして溜息をついた。諦めたらしい。
それから瑛真と同じように上を見上げた。
何も言わず、静かに。
「この間、チビの王泥喜さんが星の話をしていたんです。ちょっと意外だったなあ。それでね、何となく気になって、王泥喜さんが言ってた星探してみようかと思って」
「ふうん、あのおデコくんがねえ」
「宇宙飛行士のお友達が居るんだそうです。超エリート。その人の影響で、星のことちょっとわかるんだとか」
「へえ。星なんてロマンチックなもの、おデコくんのイメージに合わないね」
「全くですよねえ。私、星はあんまり興味ないんで適当に聞き流しちゃいました」
それを聞いて牙琉が笑う。星を見上げるのを止め隣を見れば、牙琉と目が合った。
優しく細められた青い目が見えた。
ベンチの上に立ち、牙琉と対等の目線になる。
「おデコくんも大変だなあ。可哀想だからちゃんと聞いてあげなよ? もしかしたらその話は彼にとって女の子にモテるための唯一の武器かもしれないんだから」
僕と違っておデコくんは女の子口説く機会なんて滅多にないだろうからね!
そう言って牙琉が意地悪く笑った。
「……それで、ヒヨコちゃんや大魔術師のお嬢さんが『今度星を見に行きましょう!』って。みんなで行くそうです」
「君も行くの?」
「いいえ、私は行かないです。星なんて見てもさっぱり。それに、みんなでどこかにお出掛けとかって苦手なんですよ。あの事務所の人たちとなら尚更嫌です」
「ははは、そういえばそうだったね」
牙琉から目を逸らし、再び上を見上げれば星と月、両方が視界に広がった。
薄い雲が月の周りを僅かに覆っていて、虹色の光が見えたような気がして目を凝らす。
ふと脳裏を過る楽しそうな王泥喜達の姿。相変わらずうざったくて、だけれどほんの少しだけ羨ましかったような気もする。
「……そろそろ行こうか」
牙琉が言う。そしてすっと手を差し出した。
瑛真はその手に自分の手を重ね、ベンチから降りる。
牙流の些細な気遣いが嬉しくて、思わず靴音を響かせた。リズムを作るように、いつでも牙琉がハミングを重ねてもいいように。
気分はしっとりと優しい曲だ。元ロックバンドのボーカルだった牙琉だが、バラードだってもちろん歌えるだろう。
牙琉の手を離し、数歩前を歩き出す。
「お夕飯、駅前に新しく出来た居酒屋の唐揚げが食べたいです」
「居酒屋? 前から思ってたけど、君って結構趣味がオッサンっぽいよね」
「もちろん奢ってくれますよね」
「……オッサンっぽいって言ったの怒ってるのかい? まあ君とは言え女の子に払わせる気はないけど」
「さっすが牙琉検事! 今どき奢ってくれる男なかなかいませんよ! 紳士的! やっぱイケメンは違いますね」
くるりと後ろにいる牙流を見る。
月明かりが彼の金髪を照らした。きらきらと光る金糸が夜風に靡いている。
星や月を見上げるよりも、それらが照らす夜の世界の方が好きだと、瑛真は改めて感じるのだった。