◎ホワイトデー! 2014(牙琉)



 検事局の一室で、ソファーに腰掛けながら瑛真は足をぶらつかせる。
ローテーブルに置かれた封筒を何となく指先で弄りながら、部屋の主が現れるのを待つ。
程よく暖房の効いた室内は、じっとしているだけで眠くなりそうだ。
瞼がほんの少し重くなってきた。あくびが出そうになるのを我慢し、用意されていた紅茶のカップに手を伸ばした時だ。

「お待たせ」

がちゃり、と小さな音がして扉が開く。
裁判資料と白い箱を持った牙琉が入ってくる。
穏やかな笑みを浮かべた牙琉は瑛真の向かいに腰を下ろし、手に持っていた資料と箱をテーブルに置く。

「何ですか? その白い箱」

真っ先に白い箱に食いつく瑛真。牙琉は苦笑いして、瑛真から箱を遠ざける。

「これはあとで。先に資料の方渡すよ」

「えー! 気になって資料どころじゃありません」

「しっかりしてくれよ。大事な資料なんだぞ?」

だからほら、さっさと始めよう。
そう続けて、牙琉は資料をテーブルに広げた。
瑛真は「はーい」と気の抜けた返事をして、資料を覗き込む。

「この案件の初審を傍聴するよう成歩堂弁護士に伝えてくれるかい? 御剣検事からの伝言なんだ」

「わかりました」

「僕が思うに、事件の争点は……」

牙琉が資料を軽く指で叩きながら自分の見解を述べる。
それを聞きながら、瑛真も気を引き締めるよう背筋を伸ばし耳を傾けた。
大事な先輩の言葉。聞き漏らすのはもったいない。

「御剣検事も多分同じことを考えているんじゃないかな。そこに成歩堂弁護士の意見が加われば、この事件がぐっと解決に近づくと、僕も思う」

「そうですね……」

ふむふむ、と頷きながら瑛真は資料を見つめる。
あらかじめ何となく概要は聞いていたが、牙琉の考えを聞いてから改めて事件を見ると、いろいろな角度から事件を見直せる。やはり先輩は偉大だ。

「と、まあこんなとこかな。それじゃあよろしくお願いするよ」

「はい、お任せ下さい!」

トントン……と資料を集め、封筒に入れる牙琉。そのまま厚みを得た封筒を瑛真渡して優しく目を細めた。
封筒を受け取った瑛真も力強く頷き、その場で封筒を鞄に丁寧に詰める。

「よし、それじゃあ真面目な話はこれくらいにして休憩しようか」

瑛真が封筒を鞄に仕舞うのを見届け、牙琉が先ほど引っ込めた白い箱を再びテーブルの真ん中に持ってくる。それを見た瑛真の目が輝いた。
子供のような反応を見せる瑛真が可笑しくて、牙琉はこっそり笑った。

「早く開けましょう!」

キラキラとした目で瑛真が牙琉を急かす。
はいはい、とそれを受け流しながら、牙琉が箱を開けた。
すかさず瑛真が中を覗き込んだ。そして目を丸くする。

「……ショートケーキ……」

箱の中にあったのは苺が乗っただけのシンプルなショートケーキだった。
牙琉が頷いて、小さな皿を瑛真の前に置く。そこにケーキを慎重に取り出し乗せた。
そしてフォークを添える。

「ほら、今日ホワイトデーだから。先月のお返し」

「……あ! そっか」

「色々考えたんだ。小物ししようか、それとも食事にしようか。けど、これを見つけてしまってね」

牙琉がすっと何かを差し出す。
ケーキに気を取られていた瑛真は、慌ててそれを受け取った。
それは写真だった。

「私の写真だ。しかもかなり前のやつ!」

写真に写っているのは、テミス法律学園の制服を着て笑う瑛真だった。
もう6年以上前の写真である。

「覚えてる? ちょうどこの写真を撮った頃……、学校で嫌なことがあったって泣きながら僕の執務室に押しかけたことがあっただろ」

「……そうでしたっけ。ていうか押しかけてすみませんね」

懐かしそうに笑う牙琉。一方の瑛真は「押しかけた」というワードにバツが悪そうにしながらも、記憶のページをめくった。
牙琉は「それでさ」と続ける。

「ちょうど頂きもので残ってたショートケーキを君に食べさせたんだ。そしたら、君は泣いてたのが嘘みたいに笑顔になった」

「……思い出しました」

いつかの遠い記憶が瑛真脳裏を過る。
学校でクラスメートと喧嘩して、どうしてか牙琉に会いたくなって、迷惑だと思いながらも泣きながら執務室を訪れ、その時確かにショートケーキを出された。
そしてそれを食べたとたん、涙が引っ込んだのだ。

「今思えばかなり迷惑でしたよね、私」

頬を引きつらせ、瑛真はがっくりと項垂れる。ごめんなさい、と呟けば、頭に温かな手が乗せられる。牙琉の手だ。

「別にいいさ。あの時君は大事なお客だったからね」

「……すみません」

「だから謝らなくていいんだよ」

でも、贅沢だよね。だって相手はこの僕なんだから。と、牙琉が笑う。
瑛真はこくん、と頷いて、ちょっぴりはにかんだ。

「……この写真を見つけたら、その時のことを思い出してね。懐かしくなったんだ」

少し間を開けて、牙琉が白い箱をつつく。
瑛真も同じように一度箱を見つめて、それから皿の上のショートケーキを見つめる。
どっと、懐かしく切ない気持ちが溢れた。と、同時に温かいものも一緒に溢れ出す。
牙琉の優しさが嬉しくてたまらなかった。

「ありがとうございます、検事」

ふわりと、瑛真は笑う。
牙琉は優しく笑みを浮かべ、頷いた。

「どういたしまして」

嬉しそうに笑う牙琉が見つめる中、瑛真はフォークを持ち、苺をそっと突き刺した。





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