◎さらさら(牙琉)



 ぽろん……ぽろん、とアコースティックギターの弦を指先でそっと弾く。
静かな執務室に、その音はよく響いた。
窓の外を見れば雨が降っており、その雨音とギターの音が混ざり合い、新たな音楽を作り出した。

「それで、おデコくんの怪我の具合は?」

ぽろん……。弦を弾くのを止め、牙琉はソファに座る瑛真を見た。
瑛真は茶菓子に手を伸ばしながら、ぼそぼそと喋りだす。
前日に王泥喜と行った、ダイズ捕獲作戦のその後についてだ。

「痣になっちゃてるけど大したことないって。骨も異常ありませんでした。一応、ふたりで近くの病院に行って診てもらったから大丈夫です」

見た目ほど酷くないらしいです。
そう続けて、瑛真はマグカップを持ち上げる。
カップの中身は緑茶で、目の前に置かれた茶菓子は和菓子だ。

色々違和感を感じながらも、牙琉は相槌を打つ。

「君の怪我も大したことなくて良かった。もし大怪我だったら、僕はおデコくんを刑務所送りにしなければならない」

瑛真の脚に視線を移せば、タイツの下にうっすら見える包帯やガーゼ。
瑛真は「痛くない」というものの、見た目は痛々しかった。牙琉はこっそり眉を寄せる。

「それ、王泥喜さんが同じこと言ってました」

「本当かい? おデコくんと同じ思考回路か……うーん」

苦笑いしながら、再び弦を弾く。
細い弦を弾けば、高い音色が鼓膜を揺らす。瑛真がどこかウズウズとした様子で牙琉とギターを見た。

「調律? っていうやつですか? それ」

瑛真はカップを置いてソファから立ち上がると、歩きにくそうに足を僅かに引きずって窓辺にいる牙琉のもとへと駆け寄る。
さっとスカートを手で押さえながら牙琉の向かいに腰を下ろし、その手元を覗き込んだ。

「うん。こいつは最近鳴らしてなかったから、いつも以上にちゃんとチューニングしないと」

「へえ……」

弦を緩めてはキツく張る。そして指で弾いて音を聴く。
その一連の動作を瑛真は興味津々に見つめた。
すらりと長く、節々が角ばった指が繊細な音を紡ぐ。

「……こんなもんかな」

ギッと音を立てて、牙琉が弦を張った。
どうやら調律が終わったらしい。

「これで音が良くなった」

「そうなんだ……私にはよくわかりません」

瑛真は首を傾げた。
先程の音と今の音、その違いがよくわからない。

「瑛真は楽器やったことないんだっけ。まあ些細な違いだからわからなくても無理ないよ」

ぽん、と瑛真の頭をひと撫でし、牙琉がギターを抱える。
そのまま恋するギターのセレナードを弾き始めた。
瑛真はぱっと顔を綻ばせ、牙琉の隣に移動する。

「それ知ってます! たしかえっと、ラミ……ラミろ……」

「ラミロアさん」

「そうそれラミロアさん! ……と共演したやつですよね!」

「うん……この曲には色々思い入れがあってね。僕も気に入ってるんだ」

「綺麗な曲ですもんね!」

瑛真は聞き入るように目を閉じる。その様子に気をよくした牙琉は演奏を続けた。
しっとりとした曲調。絹のように柔らかく、さらさと流れるように優しい曲だ。

「……Sugar Sugar……腕に抱かれて……心の鍵は今盗まれた……」

目を閉じたまま、瑛真が口ずさむ。
時々音を外してはいるものの、楽しそうに歌う。牙琉も、優しい旋律を紡ぎ続ける。

「Pleasure Pleasure…… 愛しのメロディー この身をつつみ今放たれた 

Uh……Uh…… 胸を焦がすFire 恋人も燃える 愛の弾丸よFire 命まで奪って

Guitar Guitar……ふたりは空へ……」

歌声、そしてギターの音が止む。
変わりに雨音が静かに響いた。

「せっかく綺麗な声をしているのに、音を外すなんて勿体無い。小さな子供が歌っているのかと思ったよ」

「ひっどーい! いいんです、今のは本気じゃないんだから! 私が本気出したら牙琉検事びっくりして二度とそんなこと言えなくなりますよ」

「はいはい。 けれどまあ、良かったよ。瑛真」

ギターを傍らに置いた牙琉が笑う。相変わらず気障ったらしいその笑顔が、瑛真は好きだ。
「ありがとうございました」と微笑み返す。

「外の雨音がいい感じに助けてくれたしね。君の稚拙な歌声も、小鳥のさえずりくらいにはなれたんじゃないかな」

「あー! 褒めるのか貶すのかどっちかにしてください!」

「冗談だよ。よかったよかった」

牙琉は笑い、唇を尖らせる瑛真の頭を撫でる。それから再びギターの抱え直した。

「次は何にしようかな。瑛真、ちゃんと歌えるかい?」

「もちろん! 次は本気です! 小鳥だなんて言わせませんよ」

瑛真はよろけながら立ち上がり、両手を広げた。

「Let's rock!」

「……オーケイ!」

牙琉がアコースティックギターからエレキギターに持ち替え、瑛真の隣に立つ。
アンプを引っ張り出し、扉の鍵も締めないまま、雨音をも掻き消すふたりだけのライブが始まった。






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