◎ゴロゴロ(王泥喜)



 
 平日の昼間、人通りの少ない道端に王泥喜と瑛真はいた。
ガードレールに沿ってふたりは歩く。

「この辺りが最後の目撃地点だけど……」

「ダイズも懲りませんね」

所長命令により、迷子犬捜索に駆り出されたふたり。
ターゲットは「ダイズ」という名の豆柴だ。
ダイズには脱走癖があり、度々脱走しては王泥喜達が探し回っていた。
今回はどうやら住宅地の中に逃げ込んだらしく、王泥喜と瑛真はダイズが最後に目撃されたガードレール付近を攻める。

「全く困ったよ……。なんか俺、最近はダイズに遊ばれてる気がしてきた」

「仲間だと勘違いされたんじゃないですか? チビだし」

「チビって言うなよ! 関係な……」

「デコ」

「で、デコも関係ない……」

「チビデコ」

「ぐ、ぐうう……」

ぐっと言葉を詰まらせた王泥喜を、瑛真は鼻を鳴らして一瞥し、さっさと歩き出す。

「さて……ダイズはどこにいるかな……。ここは住宅地の外れだし、ガードレールの外は崖。中心地に向かって行ったか……それとも周囲をぐるぐる回っているのか……」

ガードレールにぐるりと囲まれた住宅地。
ガードレールの外は小さな崖や工事現場になっており、人々はあまり近付かないようだ。
ダイズも崖や工事現場には入り込まないだろう。

「とにかく、まずはダイズを見つけよう」

慌てて瑛真の隣に並んだ王泥喜が言う。

「ワン!」

「そうですね」

「ワン!」

「…………」

「………だ」

「ダイズ!」

所々混じる「ワン」という声。
振り替えれば、そこには尻尾を振るダイズがいた。





 「はあ……はあ……。くそぉ……!」

「王泥喜さん……ダイズは全然バテてませんよ……ッ」

20分後、王泥喜と瑛真は先ほどと同じガードレール前のアスファルトに両膝をついて項垂れた。
肩で息をし、額を伝う汗を乱暴にぬぐい去る。

 ダイズを発見後、すぐさまふたりは走り出した。
と、同時に弾丸のように駆け出すダイズ。跳ねるように軽やかな走りを見せるダイズに王泥喜達は振り回され、体力をかなり消耗した。
そんな彼らをあざ笑うかのように、ダイズは余裕の様子で尻尾を振り、住宅地の中へと消えていった。

「俺、考えたんだけど……」

呼吸を整えながら、王泥喜が言う。
瑛真は返事をするのも疲れると言わんばかりに、視線だけを寄越した。

「俺が中から追い出すから、千秋さんが外で捕まえるっていうのは? ふたり一緒にただ追っても全然ダメだったんだ。次は二手に分かれてみよう」

「……やってみましょうか」

瑛真が頷いた。乱れた髪を掻き上げて、脚を曲げ伸ばしする。
何度か繰り返し、『よし!』と立ち上がった。そして王泥喜を見下ろし、不敵に口角を釣り上げる。

「その作戦には賛成しますけど、私が追い込む役をやったほうがいいんじゃないんですか? 王泥喜さん、走る体力残ってます?」

「……よく言うよ。さっきだって俺より早くバテたくせにさ」

王泥喜が呆れたように溜息を付きながら、瑛真の隣に立つ。

「もちろん。俺が追い込む。だからちゃんと捕まえてくれよ? ガードレールの外に出られたらダイズも俺たちも色々まずいことになるからね」

「わかってます。それじゃあ精々頑張ってください」

「生意気だなあ、ほんと」

「うっせーチビデコ」

ははは、と王泥喜は笑い、小さく手を上げて、ダイズが消えていった方向と同じ方向に走っていった。


 
 小さくなっていく王泥喜の背中を見送って、瑛真はスーツのボタンを外し、リボンタイも取り去る。
少しでも動きやすくするためだ。ダイズは恐らく遠くには行ってない。きっと自分たちの近くにいて、追いかけっこを仕掛けるのを待っているはずだ。
その証拠に、目を閉じれば騒々しい声と足音が聴こえてきた。

「……さあ、そろそろ終わりにするわよ」

バタバタと近付いてくる足音。
もうじきダイズと王泥喜が現れるだろう。

「3……2……」

すぐ目の前の角から、ダイズと王泥喜が飛び出した。

「千秋さん!」

「……1!」

王泥喜の声を合図に、瑛真が走り出した。
ダイズ目掛けて一直線に駆け出す。
だだだっとアスファルトを蹴り、ダイズに飛び掛かった。

「つ……かまえたああ!」

叫び声を上げた瑛真の手は、ダイズ……ではなく、ダイズを追い込み瑛真の真正面にいた王泥喜の胸ぐらを掴んだ。

「え……」

「あれ……」

「ワン!」

ひくり、とふたりの頬が引き吊った。
ふたりの間に挟まれていたダイズは華麗に抜け出し、陽気に尻尾を振っている。
そんなダイズを視界に収め、王泥喜と瑛真は激しくぶつかり、転がった。





 「……何であんなとこにいたんですか」
 
「君が自分からタックルしてきたんだろ」

王泥喜に背負われた瑛真が文句を言った。
王泥喜は唇を尖らせ、少し乱暴に瑛真を背負い直す。

 ダイズ捕獲に失敗したふたりは、そのままゴロゴロと転がりガードレールにぶち当たった。
咄嗟に王泥喜が瑛真を抱き込み、頭を打つことは免れた。しかし、瑛真は足を、王泥喜は右手首をガードレールやアスファルトに打ち付けた。
瑛真は足首や膝をぶつけ、、王泥喜の手首は少しだけ腫れていた。
ボロっと身を起こしたふたりの前に、大人しく腰を下ろしたダイズにやっとの思いでリードを取り付け、依頼を遂行したのだった。


 「……まあ、大きな怪我が無くて良かったよ。君に大怪我させたとなったら、牙琉検事に刑務所送りにされるからね」

「……あの、無理して背負わなくていいです」

チビデコ、右手痛めたでしょ。
王泥喜の話を遮り、瑛真が小さく呟く。だが王泥喜は軽く首を横に振り、もう一度瑛真を背負い直した。

「大丈夫。千秋さんこそ、大丈夫? 足以外ぶつけてない?」

「……はい」

「よかった」

王泥喜が笑った。
瑛真は目を丸くし、どこか頼りない細い首と狭い背中を見る。 この頼りない彼が、先程確かに自分を抱き締め守ったのだ。
少々薄い肩をきゅっと掴み、言った。

「私がチビデコより小さくて良かったですね。チビデコでも背負える女の子なんて中々いないですよ」

「う、余計なお世話だよ」

「……ありがと」

瑛真がそっと、耳元で囁いた。
王泥喜の足が止まる。

「千秋さん、今なんて……」

「何も言ってねーよ! さっさとダイズ返しにいきますよ!」

「ワン!」

大人しく隣を歩いていたダイズが吠える。
それに急かされるように、王泥喜は歩き出した。





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