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■補足:結希が審神者になりたての頃の話。刀剣達とは仲良くも不仲でもないけどどっちかというと塩対応に見える。
 
 
 「君の主はまっすぐでいい人だ。僕達刀剣を人と同じように扱い、性能よりも個々の内面や絆を大事にする。さっき僕の主が言っていたのを聞いたけど、夏さんと薬研くん達刀剣達は家族なんだね。そんな風に真っ直ぐに向き合ってくれる、本当に素敵な主だ」

先ほど己の主が蹴飛ばしてしまった座布団を元の位置に戻しながら、堀川は穏やかな表情でそう言った。それから「さっきは主が色々と言い過ぎたみたいでごめんね」と、申し訳なさそうな顔を薬研に向ける。薬研は微かに首を横に振りながら、ヒイロと結希の取っ組み合いを思い出す。

己の価値観をぶつけ合っていた審神者二人。
いつも無邪気な子供のような笑みを絶やさない男が激昂し、少女に手を上げようとしていた。
気まぐれな猫のように飄々とし、我が儘こそ言えど本当の感情を剥き出しにする事のない少女が男に掴みかかり本気で怒り怒鳴り散らしていた。
異様なその光景と、彼らの口から発せられた言葉が脳裏にこびり付いている。

『なにが家族よ、非効率的な絆を重視してそれで勝てる戦いだとでも思ってんの!?』
『てめぇが蔑ろにする絆を、刀剣たちが求めてんのがわかんねぇのかよ!』

目を閉じれば頭の中に木霊する二人の言葉に、胸の奥がちくりと痛む。
短く息を吐いてそれをやり過ごそうとする薬研の耳朶を柔らかな声が叩いた。

「うちの主さんは夏さんと違ってちょっと気難しいから。……主さんはね、別に悪い人じゃないんだよ。必要な物資も快適な環境も与えてくれるし、手入れだってちゃんとしてくれる。……ちょっと距離は感じるけど。新米なりに僕達ひと振りひと振りをしっかり管理しょうって、頑張ってるんです」
「……その「管理」っていうのが、うちの大将にはおかしく思えたんだと俺っちは思うがなあ」

す……と、薬研の目元が細くなる。先程、結希に己の主の信念を否定されたことを思い出し、気付けば若紫の瞳は堀川の浅葱色の瞳を鋭く射抜いていた。
その瞳に込められたものを読み取って、堀川もまた目元を険しくし薬研と対峙する。

「主さんが夏さんのやり方を兎や角言ったのは良くなかったと思う。けれど、それは夏さんだってそうだ。僕は主さんのやり方が間違ってるとは思わない。僕は、僕達はあの人の望むように戦う。……例えそこに“絆”がなくても」

きゅ……と、白いスラックスの膝の上に置かれた堀川の拳がキツく握られる。
何かに耐えるように、唇を噛み眉を寄せるその姿に、薬研はふと胸の内に湧き上がる疑問を口にした。

「堀川の旦那、お前は本当にそう思うのか」
「……どういう意味、かな」

堀川の訝しむような眼差しが薬研を捉える。
普段近侍としてあの少女の傍にいる堀川は、彼女の前では恐らく己の感情を押し殺してしまうだろう。主が目の前にいない今ならば、その心の中を見ることができるかもしれない。

「お嬢のやり方が間違っているかどうかは俺っちにはわからねえ。けど、旦那は本当にそれでいいのか。そのやり方に本当にこれから先もついていけるのか? この先どんどん激しくなっていく戦いに打ち勝っていけるのか」

「それは……っ」

堀川の瞳が僅かに見開かれ、動揺を見せ揺れる。
はくはくと何か唇を戦慄かせ、膝の上の拳をさらにキツく握り締めると歪んだ双眸で薬研を見据えた。

「俺っちにはこの先やっていけるとは思えねえ。うちの大将が絶対正しいってわけでもねえが、きっと誰が見たってそう言うさ」
「……余計な、お世話だよ」

堀川の口から低い声が放たれる。その声は少し震えていた。
きっと眉間に眉を寄せ、堀川は僅かに身を乗り出し「薬研くん、何が言いたいの」と掠れた声で言う。

ふた振りの間に、剣呑な空気が漂う。これでは先ほどの審神者共の二の前だな、と薬研は内心思いながらも、開いた口を閉じることはない。

「本当にこのままでいいのか。……俺っちの勝手な考えだが、このままだともしかしたらお嬢は真っ当な審神者としての道を踏み外すかもしれねえ」

その言葉に、今度こそ堀川の目が大きく見開かれた。
次の瞬間、堀川の手が薬研の襟元に伸びる。細い白魚のような指が薬研の糊の効いたシャツに食い込んだ。苦しそうに歪む浅葱の瞳が薬研を強く睨み付ける。

「……撤回して。今の言葉、撤回してください」
「……言い方が少し悪かったな。お嬢はきっと力を持った審神者になれる。けれど、その元に集う刀剣達との間には絆も何もない、ただの主従の関係しかないかもしれない。下手すりゃ、お前さんたちはただの戦う道具に成り下がっちまうかもしれねえ」

そういう未来もありえなくはない。と、薬研はまっすぐ堀川の瞳を見つめ返した。

噂に聞いたことがある。刀剣達を戦いの道具として、ぞんざいに鉄屑同然に扱う心ない審神者の存在を。
己の主は底抜けに明るく、刀剣を家族と呼び対等に、敬意をもって向き合ってくれる善良な審神者だ。一方結希は審神者としての必要最低限の職務は果たしているようだが彼女と刀剣達の心の繋がりは希薄に感じられる。今は良いかもしれないが、いずれもしも彼女が刀剣達に強さばかりを求めるようになってしまったら。

その僅かな危険性を提示してやれば、かくん、と堀川の肩から力が抜けてその顔は下を向く。薬研の襟を掴む指はそのままだが、力任せに掴んでいた先ほどとは違い、縋るような手つきに変わっていた。細い肩が途方にくれたように縮こまる。

「……仕方ないじゃない。僕は今、あの人の元で戦う刀剣なんだもの」

絞り出すような悲痛な声が堀川の唇から溢れ出る。薬研は何も言わず、堀川の言葉を待った。

「僕だって本当は兼さんと一緒に戦いたい。兼さんや皆と、主さんともっと色んな話がしたい。もっともっと、心で繋がりたい……! でも仕方ないんだ。主さんはきっとそれを望まないから」

弱々しい声で吐露された本音。薬研が聞きたかったもの。
下を向いたままの堀川の表情は見えないが、薬研には何となくわかっていた。丸い頭の旋毛と跳ねた黒髪を薬研はじっと見下ろす。

「……それで平気なのかい」

静かな薬研の声に、漸く堀川は顔を上げる。
その顔は情けなく歪み、目は赤くなっていた。浅葱の瞳はぼた雪のような大粒の涙の膜で覆われていて、堀川が瞬きをすれば頬を濡らした。ぷくりと再び瞳に浮かぶ涙を散らしながら、堀川は頷く。

「……主さんは意地悪で僕と兼さんを引き離したわけじゃない。他の刀達のこともそう。兄弟も昔馴染みも関係なくバラバラにしたのは情が生まれないように、戦いに集中できるようにするため。勝つためだって皆わかってます。そうやって何よりも練度を上げることが、結果的に僕らを守ることになるって」

するりと、堀川の指が薬研の襟から離れる。
その指をもう片方の手で包み込みながら堀川は「掴みかかっちゃってごめんなさい」と小さく呟く。首を横に振りながらも、己の主とは正反対だな、と薬研は思う。
己の主は心で刀剣を守ろうとし、堀川の主は力で刀剣を守ろうとしている。

何も言わず黙ったままの薬研に、堀川はぎこちない笑みを見せて続けた。

「今ここにいる僕を呼び起こしたのはあの人で、今主と呼ぶべきたった一人の人間だ。トシさんとは色々違うけど、今の僕の主なんだ。だから僕はあの人のやり方を見守る。見守らなきゃ。それに主さんは不器用で、心も体もまだ幼いから」

一つのことに精一杯で、周りが見えなくなっちゃうんだ。
そう言って堀川は目元を乱暴に拭う。その姿は痛々しく、薬研は僅かに唇を噛む。
朱い手甲が濡れるのを何となく見つめながら、再び堀川に問いかける。

「それが旦那がお嬢について行く理由の全てかい?」

ふ、と微かに目元を和らげれば、堀川は未だに濡れる赤い目を丸くして一瞬呆けた。
それからすぐに苦笑して答えた。

「……主さんってね、時々見せてくれる拗ねた顔や子供みたいに笑う顔が兼さんにちょっと似てるんだよ。だからかな、余計放っておけないんだ」

堀川の答えに、今度は薬研が目を丸くした。そしてふと小さく吹き出して、「そうかい」と穏やかな声音で頷く。やっぱり“兼さん”か、と。
そうすれば堀川はそっと己の胸に手を当て、はにかみながらも誇らしげに笑った。
その拭いきれなかった涙に濡れた微笑みを、彼の主の少女にも見せてやりたいと薬研は密かに思った。
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