いつかのあなたを夢に見る
※死ネタ
※1stALネタバレ有
※入間銃兎 過去捏造
彼によく似た子供を見た。
イケブクロの次男坊と並んでいた、少年と青年と間の子供。
遠くで聞こえた声も、小さく笑った顔も、かつての幼馴染の彼にそっくりで。
ひどく、胸がいたい。 息が、上手く出来ない。
その後どうやって仕事をしたのかも、どうやって帰ってきたのかも、ぼんやりとしすぎて思い出せなかった。
喧騒の中、立ち竦む。
そんな自分を避けるようにすれ違う人々を、平均よりも高い位置から見下ろす。 と、行き交う人に違和感を覚えた。
どの年代の人も、ヨコハマの街でよく見る服装とずれていた。 小物や持ち物は特に顕著で、色使いやモチーフなど、どことなく時代遅れのように感じる。
それに知っているよりも多いのだ、街中の女性率が。
まるで、中王区が出来る前のような…。
どうせ相手が避けてくれるのだから。 ふと思い付いた考えに耽ようとした時、きゃらきゃらと子供特有のはしゃいだ声を真ん中にした二組の家族とすれ違った。 未だ鮮明に覚えている、見知った顔の家族達と。
ハッと、止まった思考を振り払うように振り返る。 見失ったのは一瞬。 すぐに視界に捉えることが出来たが、すれ違った子連れの家族等はもう遠く。 まもなく大きな交差点に差し掛かろうとしていた。
ダメだ、待ってくれ、嫌だ、止まって
届きもしないのに必死に手を伸ばす。 急いて足を動かしても、さっきまではスルスルとこちらを避けていたはずの人々に阻まれ進めない。
邪魔をするな、頼むから。 どうにか避けて、駆けて、また避けて。 人にぶつかり倒れかけても、堪えて足を進める。
速く、早く、はやく…!
その時、後方からスピードが乗ったままの車が一台、横を通りすぎた。
車道の信号は赤。 だというのに車はスピードを落とす気配がない。 そして無情にも、追っていた家族のうちの一組が、横断歩道の半ばに。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、やめてくれ、とまってくれ
ドンッ、と大きな音がした。 耳が痛くなるような静寂。 だがそれも一瞬で、次には劈くような悲鳴。
その場から逃げるように走り去る人々を、ふらふらと逆走する。
漸くたどり着いた交差点には、必死に追いかけた家族の無惨な姿。
もう一組の家族は唖然とし、かろうじて残った理性で、子供に見せまいとしている。 だが恐怖で震え、子供の頭を抱え込む手にあまり力は入っていない。
ちらと見て生存は絶望的だと分かるほど、溢れ出る赤。 止めることが、出来なかった。 助けることが、出来なかった。 何度も見た光景、何度も試みた無駄なこと。 それが理解できていても、やらずにはいられない。 そして何度見ても、この無惨な光景から目を離すことが出来ない。
そんな中、微かに動いたものがあった。 その家族の子供だ。
轢かれる寸前、母親によってきつく抱き込まれたことで擦り傷や打ち身で済んだのだ。 この状況では、奇跡と言える。
体を起こし、母親と父親を見て、震えた声で呼ぶ。 だがいくら揺すっても、いくら呼び掛けても、反応が返ってくることはない。
その様子に一番に気付いたのは、もう一組の家族の子供だった。 彼は見せないようにと抑える親の手を振り払い、彼に駆け寄った。 泣き虫な彼を心配する、ただその一心で。
『…っじゅうと!』
だがそれが、恐怖と焦燥に変わったのはすぐだった。
事故を起こした車の運転手が降りてきたのだ。 狂った目で、様子で、手には刃物を持って。
自分の血の気がより、引いていく。 この後のことも、全部、全部鮮明なのだ。
いい、いいんだ。 そいつのことは、俺のことは放っておいてくれ。 だからお前は、やめてくれ、これ以上はもう…っ!
俺の止める声は届かない。
子供と大人のリーチは大きく差がある。 だからこそ必死に彼を、幼馴染の俺を助けるために走った。 そして─
「ッは、!」
勢いよく起き上がる。 寝ていたのに、全力疾走で何本も走った後のように呼吸が上がって苦しい。 びっしょりとかいた汗が、空気にさらされて、見たもののせいで低かった体温を更に奪っていく。
「ゆめ…」
そう、夢だ。 今見たものは全て。
ただひとつ、それが己の過去に起こった事実であるということ以外は。
だから夢であっても、夢で追っていた家族…自分の親が轢かれたことも、幼馴染が自分を庇って刺されたことも過去にあった事実なのだ。
ずるずると重たい体を動かして、膝を抱えて縮こまる。 どんなに消そうとしても、瞼の裏には無惨な両親の姿、そして幼馴染の、その薄い体に深々と突き刺さるナイフと、狂った目をした犯人の姿。
親の事故のこと、先輩で友人だった彼のことは左馬刻と理鶯に話した。 けれど幼馴染の彼のことは、アイツらにも話せない俺の罪。
あの時俺が気を失ってたら、すぐに逃げれていたら、一緒に出掛けたいと言わなければ。
ぐっと己を抱き込む腕の力が増す。 ここまでしっかりと夢を見たのは久しぶりだった。 恐らく昼間、アイツによく似た子供を見たせいだ。
ただの他人の空似。 ただの夢。 これ以上、揺さぶられるな。 俺がすべきことは、一つなのだから。
『じゅうと』
声変わりのしてない、幼い彼の声が耳の奥でじんわり広がる。 大丈夫、俺は大丈夫だ。
ゆるゆると、体から意識して力を抜いていく。 暗闇で光るライムグリーンは力強くもまだ、微かに揺れていた。
アイツは最期、どんな顔をしてたっけ。
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[mokuji]
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