ぎゅっと、させて?
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陽は随分前に落ちてしまって、空はすっかり黒いのに。
星の代わりのように輝くネオンが彩る街は、暗くはなくて。
そんな夜の街を、静かに車が滑る。
空調の効き過ぎた場所に長くいたせいか、車に乗り込む時に体に纏わりついた東京の夏独特のぬるい空気は、なぜか嫌じゃなかった。
「このままお前のアパートに帰ればいいのか?」
ステアリングを握る昴さんが、ナビシートの私に問いかける。
「あ、いえ…」
「?」
「そらさんのおうちに向かって貰えますか?」
「そらの家?別に、構わねーけど…」
車が緩やかにスピードを落とす、赤信号でなだらかに止まる。
「時間も時間だけど、これからどこかに出掛けるにしてはフォーマル過ぎねーか?」
私に視線を移した昴さんが、私の服装を見直してそう指摘する。
ハーフアップに結い上げた髪、首元を飾る輝くアクセサリー。
肩の露わな、大人っぽい雰囲気のドレス。
羽織っているストールは、どことなく頼りない。
いくらかトーンダウンしたとはいえ、着替えた方がいいのは分かっている。
だけど、その数分すらもどかしくて…
信号が青に変わる、車がゆっくり走り出す。
「…そらは家にいるのか?お前のアパートに来させれば」
「それが…。携帯、繋がらなくて…」
さっきから握りっぱなしで温くなった携帯に視線を落とす。
何回掛けても聞こえるのは大好きな人の声じゃなくて、無機質で事務的なアナウンスだけで。
ぎゅっと、携帯を握りしめた。
「分かった」
昴さんはそれ以上何も言わずに、夜に車を走らせた。
ピンポーン…
2回目のチャイムにも、応答はなくて。
携帯にも、何の連絡はなくて。
「**、合い鍵は?」
「アパート、です…」
「そらの行きそうなところに心当たりは?」
「…わかりません」
ふるふると、首を横に振った。
私はそらさんの何を知っているんだろう…
お仕事が忙しいそらさんは、あまりないお休みを殆ど私にくれて。
私はお仕事しているそらさんか、私と一緒にいるそらさんしか知らない。
そらさんは今、どこにいるのかな。
そらさんは今、誰といるのかな…
こんな私にとうとう愛想を尽かしちゃったのかな。
自分の不甲斐なさに泣けてくる。
「泣くな」
「な、泣いてませんっ」
昴さんは大仰にため息を吐くと、煩わしそうに前髪をかきあげた。
あ…、そっ、か…
私はそらさんが帰って来るまでずっとここで待ちたいけれど。
すると私の警護をしてくれている昴さんも帰れない訳で。
慣れないヒールを履き続けて、足が痛い。
私は誰の為に着飾ったのだろう。
私は、何をやっているんだろう…
静かな携帯を握り締める。
「昴さん、」
「ん?」
「帰り、ます」
ただ、会いたい。
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