ここにあるのはこれだけ


壁外調査の書類を片付け、数日後。撤退命令を無視した私の行動への咎めは降格の辞令だった。兵舎に張り出された辞令と任命式にて私は分隊長から降り、キース団長の背後に構えていた二人の団長補佐がそのまま分隊長に入れ替わる形となった。
私はその二人の抜けた後、団長補佐としての役割を与えられたのだ。
意外にも、私の降格に反論を示し団長に向かったのはエルヴィンだった。
確かに撤退命令は無視したかもしれないがあの巨人が退却する私たちを襲撃した可能性もあったのでは、と団長に主張していた。
キース団長は多くを語らず、ただ一言をエルヴィンに残したのだという。
「ナマエは失態で降格させたのではない」と。

どういうことなのかさっぱりわからない状況で、やはり降格となれば流石にへこんでいた私は今日、辞令を出した本人キース団長に呼び出されていた。

「失礼いたします。」

「ああ。ナマエ、まずは…何かこの辞令に対して聞きたいことはあるか」

「団長のご意志なので反論する気はありませんが…ただこの辞令は命令違反が理由ではないと?」

キース団長はこちらをすっと見据えている。
まだ正式に公表はしていないのだが、と彼は前置きした。

「近く…もうあと一年か二年のうちにエルヴィンを団長に置きたい。私はもう下がるべきなのだと思う。そのときに…きっと奴はお前を副官に置くはずだ。」

追いつかない思考に、しかし団長の言を遮るのは失礼だと思って、なんとか彼の声を追って聞く。それは考えもしないことだったけれど、確かに、ずっと彼が団長でいられるはずはなくて。誰かがいつかは代わりを務めなくてはならないのだ。
エルヴィンが次期の団長になると知って即座に、ああ、全うできるだろうな、と思えた。だからこそ団長もあと一年で退陣するつもりになれるのだろう。

「私を副官に…果たしてそうでしょうか。」

しかしこの点には引っかかってしまう。エルヴィンならばもっと自由に動かせる人物を手元に置くのではないだろうか、と。

「お前はきっと奴が団長になっても盾突いて意見を言うこともできる。そして、何よりも奴がお前を信頼しているからだ。」

ですが、と更に反論しようとしたところで、団長は私を制した。

「エルヴィンのこともお前のことも数年見てきた結果だ。受け入れろ。…このことはエルヴィンにも伝えていない、時期ではないからな。他言無用で頼む。」

どうしてエルヴィンが私を選ぶと思うのか…しかし団長なりの考えあってのことなのだろう。これはキース団長の信念に従うべきなのだと、ついに私は頷いた。
――そしてそれからの日々は副官としての仕事を身に着けていく毎日で。これはエルヴィンが団長になったとき、私が団長の仕事の分を把握していれば引き継ぎもスムーズにいくだろうと踏んでのことであった。
分隊長のときとは違う、一つの兵団を纏める人の下についての仕事はたしかにやりがいも大きい。憲兵団や駐屯兵団とやり取りをするようになったし、兵団の経理とも直接的にかかわるようになった。

新しく覚えることが多く目の前の仕事をこなすだけでいっぱいいっぱいになっていた折に、たまには、と団長が臨時で休暇をくれた。体調を崩しても仕方がないからな、と、珍しく(怒られそう)優しく言われて私はその厚意に甘えたのだった。寝不足だった分、大幅に寝坊して昼下がりに自室でのんびりしていると、人が訪ねてきた。
それは、壁外調査の前日に告白してきた男の子。
壁外調査も軽傷を負っただけで帰還していたことを私は書類だけで確認していた。しかし、実際に会うのはあの日以来久しぶりだった。
答えを聞かせてほしい、と言っていたのを頭の隅で冷静に思い出す。
――私の中で、あの壁外調査で答えが出ていた。

「ナマエさん…あの、答えを聞かせてくれませんか」

切り出した話題に、私が彼の言葉を引き継いだ。

「うん、あのね
…結論から言うと、付き合うとか、そういう気持ちには答えられない。」


男の子はそうですか、と肩を落胆させた。申し訳ない気持ちになりながら、少しでも私の気持ちが伝われば、とその先の言葉を紡ぐ。

「気持ちはすごく嬉しくて。慕ってくれる人が一人でもいる限り私は分隊長の責任を背負って前線に立っていられるって思ったの。でも自分は誰かをそんな風にまっすぐ思い慕うって、久しくしたことなかった。」

そう、彼にも。
憧れて慕っているのも陰ながら。
慕っているからこそ真剣に向き合いたくて、言葉少なな主張におかしいと思ったことにすぐに盾突いてよく衝突していた、彼。

「…慕ったところで、私はもう女として幸せになんてなれないだろうって思ってたから。」

守ってもらいたい、と望めるわけでもなければ、結婚だとか安定した暮らしを手にすることなどできないのだ。
けれどこの前の壁外調査で彼を想うひとりの女の子を助けたときに、私は気づいた。
私は守られる立場なんかじゃない。私が慕い愛した人を守る側なのだと。
将来、本当に彼の副官として働くのなら、…でももしもそうじゃなくても、私は彼を守りたい。そう思うのだった。

「でもあなたに好きだって言ってもらえたこと、ものすごい力になったの。私にもそんな大きな力を、あげたいって思う人がいる。だから、」

男の子は話し下手で聞きづらいだろう私のひとことひとことに耳を傾けてくれていて。知らずのうちに、籠った熱が目頭を熱くしていた。

「…そうなんですね。話してくださって嬉しいです。…ナマエさんはその人と上手くいくと、いいな。」

少し辛そうに、でも無理に微笑む目の前の彼に、私より随分年下なのになんて大人なんだろう、と結局私は涙腺を緩めてしまったのだった。
そして、最後はにこりと笑って「また、お話くらいはさせてください」と言って私の部屋を出ていく彼を見送った。

あとは、自分の気持ちをずっと想い慕ってきたあの人に、伝えるだけ。
昼休みの終わりを告げる鐘の音に、今すぐ駈け出したい気持ちを抑えて「なんて伝えようか」と思春期の少女のような思考にどっぷりと浸かることにした。
まどろみながらぼんやりと窓の外を眺めていると、夕日が西の壁の向こうに消えようとしていた。
…と、そこに終業を告げる鐘の音。立ち上がった瞬間に、ドアを叩く音と、「今、大丈夫かい?」と今にも会いたいと思っていた人の声。

入るよう促せば、私の団長補佐としての自室をもの珍しいものでも見るかのようにぐるりと見渡した後、神妙な面持ちでエルヴィンは口を開いた。

「早速用件を話そう、夜会に出席して欲しい」


え…、と固まってしまった私にエルヴィンは、団長には君で話を通してあるから予定は大丈夫だと思うが、明日の晩だ。と事も無げにさらりと言ってのけた。
エルヴィンの言葉を理解するや頭の中は真っ白になってしまう。
――忘れもしない、あの夜のこと。私に「夜会に出るのは禁止」だと言ったのは確かにエルヴィンだった。
そしてさらに、私に追い打ちをかける一言を彼は発する。

「俺のパートナーとして、出席して欲しいんだ。」

夜会に出る、という情報だけでも目眩がする気分だったのに、「エルヴィンのパートナー」との言葉に私は軽く一分は固まる羽目になったのだった。





20150406 title by is

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