さあ、手を離すよ
そして音もなく、ジャンは私の唇を塞いだ。
近すぎる距離と初めての感触にどきどきしすぎて心臓がくるしい。
ジャンの熱い両手が私の背中をきつく抱き寄せていて、相手はジャンなのに…いつも一緒に訓練してる仲間のジャンなのに、その彼に男である部分をまざまざと見せつけられたような気がした。
唇は離れて、そう長くないキスだったけれど、ジャンの顔がそれはもう真っ赤に染まっていて、いま私たちがしたことが余計に恥ずかしくなる。
「へ…へたくそ」
「なっ…!お前なぁ」
恥ずかしくて照れくさくて、ジャンの腕の中からはやく解放されたいのに彼はずっと私を抱き締めたままだった。
目を泳がせてなにかを言おうとしては口をつぐむジャンに堪えきれなくなって私は突っ張ったのだった。
「…しょうがねぇだろ、お前が、は、初めてなんだからよ」
「…っ!」
「でも…気持ちよかったけどな…って、何言ってんだ俺は」
ガシガシと頭を掻いて更に赤くなった顔をジャンは少しだけそむけた。
熱に浮かされながらも勇気を出して私も、ってぼそりと言ったのに彼の耳には届かなかったようで、へ?、なんて間抜けな声が返ってきた。
「私も…その…嬉しかった」
「ナマエ…」
「ああもう何回も言わせないでよ、バカ」
照れくさすぎてジャンの顔が見れない私は、ぎゅうっと彼のシャツを握りしめて俯いた。
たぶんジャンも照れくさいって思ってるし、初めてのぎこちないキスもお互いすごく恥ずかしいって思っているのに、ぴたりと磁石がくっついたみたいに離れることができないでいる。体温とか触れあえる感触とか、そういうものが私たちを寄せあったままでいたいと思わせているようだった。恥ずかしくてドキドキするくせにこの距離が心地よいのだ。
「ナマエ…いいか?」
私が俯いたままでいた間にジャンはちょっとだけ余裕を取り戻したみたいだった。
名前を呼ばれて彼の顔を見上げると、それはそれは真剣な瞳でまっすぐに見つめられていて私はしばらく動けなくなる。
いいか?の意味がよくわからずに動揺した私をジャンはまたぎゅっと強く抱き締めて、優しくするから、と呟いた。
そして、私が口をひらいて何か言葉を発する前にジャンの震える手のひらが、私の胸のうえに置かれた。
「きゃ…!」
「すまん!」
小さくあげてしまった声でジャンはすぐに手を離してしまう。
いいか、ってそういうことだったんだ、とそのときにやっと理解した私は…申し訳なさそうにばつが悪い顔をしたジャンの手を取った。
そして、はっと顔を上げた彼をどうにか見つめかえしながらまた胸のうえに手のひらを戻す。
「おまえ…」
「ジャンのこと好きだから」
「っ…!」
止まんなくなっても知らねぇぞ、と呟いたジャンに私の心臓はとくんと跳ねた。
なのに。
「…ちいせぇな」
「なっ……んな!ひどい」
人が気にしていることをそう抜け抜けと…!
ジャンの手は少しずつだけれど形を確かめるみたいにもぞもぞと動き始めた。
人に、しかも自分の大好きな人に、初めて未だ成長途中の胸をまさぐられて変な感覚だった。
くすぐったいけれど、とても心地がよくてドキドキする…
「う、浮気とかしたら怒るから…!」
「…なに言ってんだよ」
「私の胸がち、ちっちゃいからって…」
「はぁ?んなことするわけねぇだろ」
しどろもどろになりながら釘を刺したつもりの私を、そんなバカなこと言うんじゃねぇと一蹴するジャン。く、くそう…こっちは恥を忍んで言ったのに…!でも、そんなことするわけないって言ってくれた馬鹿正直な彼が嬉しくてついにやけてしまう。
「ジャン…好き」
がばりと彼に抱きついた。
すると自然と彼の腕が私の背中に回されて、抱き締められる。
ジャンの速い鼓動を聞きながら、そこに浮かされるみたいに私は呟いた。
「ジャンが大好きだから、私ジャンになら…何されたっていいよ?」
「…っ、お前、」
ああもうどうしてくれんだよ、とジャンはぶつくさ言いながら俯いていた。
そして急に抱き締めてくれていた腕をほどいて私を解放するや急に私に背を向けてしまうのだった。
態度の急変に焦ってその背中に声を投げる。
「…ジャン?」
「お、俺も…お前が好きだ…けど、大事にしてぇからよ…また今度な、ほら、そろそろ教官の見回りの時間だ」
遠くに聞こえた就寝の鐘の音。あ、と私は声を漏らす。
「じゃあね」と女子棟へ踏み出した私を彼は背を向けたまま送り出した。
さみしくならないようにわざとそうしてくれてるのかな…なんて都合のいい解釈をしていた私は背を向けたままの彼の意図に気づくことは無いままだった。
20141103 title by ネイビー
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