恋に発展したあとで

※10000hitお礼







バサバサと音をたてて紙が舞う。手を伸ばしても受けとめられる量ではないそれは舞い降りて無情に床を埋めてゆく。ファイルに綴じられていたそれが空中でばらばらになって落ちてゆく向こう側にミケの姿が見えていた。スローモーションになったみたいにひらひら舞い落ちてゆく紙の合間で、いつものスーツ姿のミケの影が揺らいだ。そして、何度か夢でみた双翼のエンブレムが網膜に張り付いて ミケの影と重なった。

「ミケ…分隊長……」

「………!」

ぽそ、とナマエから漏れた小声もミケは聞き逃さなかった。はらりはらりと最後の一枚が床に落ちて、気がつけば足元のそこらじゅうを紙が埋めていて、資料室の床のタイルが見えなくなっていた。動かなければと、この散らばった紙をどうにかしなくては、と思うのにナマエの身体は動かない。それよりも記憶が自我を、ずっと奥へ奥へと引きずり込んで、懐かしい香りのする書庫へと迷いこませてしまった。驚いたように目を見開いたミケをナマエは見つめた。

「前にも、こんなこと…ありましたよね」

「…ナマエ、記憶が……」

「やっと…思い出した、みたいです…」



調査兵団本部の書庫。夕日が射し込むセピア色の空間。ナマエが探していた書類の束は棚の高い位置から取り出す際に彼女の手を滑り落ちて宙を舞った。そのとき、偶然にもその場に居合わせたのがミケだった。

「手伝おう…」

あのときと同じに、ミケは言う。ナマエもまた、あのときと同じように、ありがとう…ございますとたどたどしくお礼を言った。
黙々と紙を順番通りに綴じていく作業が、当時の報告書をクリップでとめてゆく作業と重なって、現実の資料室の蛍光灯の白が、いつのまにかセピア色に染まるような不思議な感覚がした。

「…これ」

「あ、ありがとうございます」

しばらくしてミケが綴じた分のファイルを渡されて、ナマエは不要なファイルを棚に戻そうと、それらがもとにあった位置を見上げた。
ほんの少しの期待感を持って、背伸びをしてファイルを棚の隙間に差し込む。…しかしファイルは彼女の身長では奥までしまうことができない。す、と背後に近寄る影がナマエの後ろから手を伸ばしてファイルを押し込んでくれた。

「ミケさん…」

「…………」

ナマエの小さな身体を後ろから包み込むようにして、資料を押し込んだミケはずっと黙ったままだ。あのときと似たこの状況に、ナマエはゆっくりとミケの方を振り向いた。ナマエよりずいぶん高いところにあるミケの顔はあのころと全くおんなじ表情を浮かべている。ナマエはきゅうと心が苦しくなるのを感じた。ミケの熱っぽくて切なげな顔があのころと全く違っていなかったから。

身動ぎひとつできないで、ミケの顔を見つめていると、すっと顔が近づいてくる。ミケの大きな身体は影をつくって、ナマエはもうミケ以外のなにも見えなくなっていた。鼻と鼻とがふれあいそうな距離まで近づいたとき、ナマエはほとんど無意識に瞳を閉じた。…キス されるんだ、と期待感を確かにもって、そのときを待つ。どきどきと逸る鼓動がミケの耳にもきこえてしまうんじゃないかと思った。
…しかし、唇にふれる感触はいつまでたっても訪れることはなく、代わりに、ぎゅっと、大きな腕がナマエの身体を抱き締めていた。

「…すまない、」

「……ミケさん…」

「すまない、少しこうしていさせてくれ」


―――――



この会社に入社したてのとき、エルヴィン課長は私の顔を驚いたように見つめて「覚えてはいないのか」と寂しげに呟いていた。何のことだか解らず「…すみません」と謝るとエルヴィン課長はやわく笑って「気にすることはない」とすこし切なげだった。

エルヴィン課長は私にミケさんを指導役につけてくれて、入社してしばらくミケさんと一緒に仕事をしていた。
無口で大柄なミケさんは怖い人なんじゃないかと、仕事で失敗するのがこわくてびくびくしながら仕事をしていたときのこと。仕事がのろくて半ば泣きそうになりながら連日の残業をこなしていた私にミケさんは大きな手でぽんと頭を撫でて、「あんまり頑張りすぎるなよ、肩の力を抜くのも大事だからな」と励ましてくれて。
私の単純な心は、こんな些細なことだけれど、ほわんと温かくなって、ミケさんに憧れ以上の感情を抱くのにそう時間はかからなかった。

思いを告げようと思うよりミケさんを陰ながら慕うだけで充分だと思っていた私はそれから、エルヴィン課長の下で働くようになって、ミケさんとの接点は徐々に減りつつあった…。そんな折の、この出来事。
調査兵団という組織。今の会社。まったく同じように書類をばらまいて、ミケさんに拾ってもらって、顔を…寄せられて。私はすべてを、思い出したのだった。そしてまた ミケさんは当時と同じに私を書庫の棚に押し付けるように抱き締めて、当時と同じに私が誰かのものなのだと…そう思っているんだろう。それがどうしてももどかしくて私は、きゅっと拳を握ると勇気を出して口を開いた。

「ミケさん…」

ミケさんはなにも言わない。
私はミケさんの背中に手を回した。

「……キス、してください」

「ナマエ…?」

「ねぇ、ミケさん…」

「お前は…エルヴィンのものなんじゃないのか…」

そう、確かにあのときはエルヴィン団長のものだった。でも今は

「いま、私が好きなのは…ミケさんなんです……」


―――――




「あの…ミケさん…?」

「…………」

「私もう行かないと、」

腕のなかに閉じ込めた兵服の彼女は大人しくて、俺の腕から無理に抜け出そうなどとしてくれなかった。ただ、私もう行かないと、の続きにきっと彼女の恋人であり上司の名前が紡がれるのではないかと予想して、やはり罪深くて。
エルヴィンからナマエを奪ってやりたいなんて互いに想い合うふたりを見ていれば考えたことなんてなかったのに いざ 彼女とふたりきりになってしまったら 後先なんて考えないで、思わず突っ走っていた。
ゆっくり腕をほどいてやると、俺の気持ちを悟ったのだろう なにも言わないままナマエはいそいそとその場を去っていってしまった。

引き留めたら、腕のなかにとどまっていてくれただろうか、いやきっと、答えはノーだ。好きだと伝えてエルヴィンから奪うような真似をすれば、ナマエはなびいてくれただろうか、いや、これも、きっと違う。
ナマエを抱き締めてより一層、この感情が不毛なのだと身に染みた。

そしてまた。何かの巡り合わせのように、俺たち三人はこちらの世界でも再会した。
やはりエルヴィンは出世株らしく、同期のなかでも早々に課長に就任し 女性社員が色めきあっているのも勿論知っている。だから新入社員のナマエだってこの世界でもまたエルヴィンの手のなかに収まるんだろう、それで彼女も古い友人も幸せなのだったらいいじゃないか、半ばそう諦めていた。

……なのに、ナマエは何と言った…?

キスをせがんで、好きだと言った。聞き間違いなんかじゃない、確かにそう聞いた。でも。まだこれが現実なのかと信じられずに、のろのろとナマエに回した腕を緩めた。するときゅうに不安げにゆれたナマエの顔。ほぼ真上を見上げるみたいにじぶんをみている彼女の表情が切なくて、思わずほどいた片手を頬に添えて ナマエのうすい唇を指で撫ぜた。なにかを予感したのか、すっと頬に朱が差した彼女があまりに素直でかわいくて ふ、と口許をゆるませてしまう。

「…もう」

「………すまん」

ふっと笑ったのがバレて、顔を赤くしたままむくれたナマエに下から少し睨まれた。
期待しているんだろうなとは思いつつも、つい、意地悪をしたくなってしまう。

「今日の仕事が終わったら、」

「………?」

「いくらでもしてやろう、今は勤務時間だ」

急に仕事の顔に戻してしまった俺に 腑に落ちないような顔をして、…わかりました と言ったナマエは必要な書類を持って資料室を出ていこうとした。

そのときに
彼女の細い肩を ぐいと抱き寄せると、ほんの掠めるだけ…一瞬の感触が残るだけの口づけをした。
すぐさま顔を離すと、真ん丸の瞳も 中途半端に開いたままの唇もすべてが愛しくて仕方なかった。

「…ミケさん」

「何年待ったと思ってる…」

「…………」

「前世のぶんまで愛してやる」

「わたしのせりふです、それ」

彼女は目にこみあげる熱いものを 溢すまいと堪えながら 前世に出逢ってからこれまで一度も見たこともないくらいに美しい顔で微笑んで見せたのだった。

20140627 title by ポケットに拳銃

前世ではエルヴィンのものだったけど、現代でヒロインが惚れたのはミケさんだったの、っていうおはなし(解説が必要なほどの拙さ;すみません…涙)

戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -