休日の朝に
春の陽光のまぶしさに、目が覚めると、そこは私のいつもの寝台じゃなかった。すこし混乱したけれど、すぐに、ああ、と昨夜のことを思い出した。
隣をみても彼がいないから、上体を上げてぐるりと部屋を見渡した。
「エルヴィン、」
「ああ、起きたかい?」
コーヒーをドリップさせているエルヴィンを見つけた。団長である彼にコーヒーを淹れるのはわたしの役目なことが多いから、めずらしい光景だなとぼんやりしながら思った。
エルヴィンはしわひとつないシャツを着てしゃんとしている。ここのところ疲れていたのはお互い様なのに、こんな朝まで、わたしとふたりきりのときまで、エルヴィンはしゃんとしていて格好良い。
「はい、ナマエ。」
「ありがとう。」
コーヒーのマグを受け取って、いまだしゃきりとしない頭を覚まそうとひとくち啜った。
砂糖多めのそれはいつもの、私の好きな甘さ。
エルヴィンは私よりずっと大人なのだ。こうしてぽかぽか陽気の休日の朝だってちゃんと起きられるし、わたしのことを気遣って起こさないで待っていてくれるし。
歳がひとまわりも違うのだから、とごまかすのは嫌。まるで自分がこどもっぽくてつりあってないって言われてるような気がして。
私がコーヒーをちびちび飲んでいるところを、じいっと彼は見つめて、ちょっと緊張する。
「な、に。」
「いいなぁ、こんな朝、と思って。」
エルヴィンは私のとなりに座って、じぶんのコーヒーをひとくち飲んだ。喉仏が動いて、そんな様も、ああかっこいいなと思った。
そして、ちりりと胸の奥がやける痛みがした。
こういうときに、ときどきこの痛みは起こる。私たちの関係は秘密だから。エルヴィンは調査兵団の団長で、つねに人目に晒されているような人だから、民衆のファンも、恋慕のような憧れを抱く女性兵だっている。
彼はそんなひとたちの視線を受けているのだと思ったら急に不安になる。
もしその視線に乗せた想いに、エルヴィンが気づいたら?私じゃない誰かと"運命の恋"が始まってしまう可能性だってゼロではないのだ。
私がいまさっきかっこいいと思った喉仏の浮き上がる首もとだって、もっと前にほかのひとも見ていて、全くおんなじように見とれたのかもしれない。
「ナマエ?どうした、ぼんやりして。」
私はす、とマグをサイドテーブルに置いてエルヴィンに擦り寄った。じい、と瞳をみつめて、みつめかえされて。キスの前の緊張感が漂う。
そのまま私から顔を寄せてキスをして、彼の、ほろ苦いブラックコーヒーの味を感じて。すると、エルヴィンの方から角度を変えてキスをしてくれる。
「ねぇ…エルヴィンあんまりかっこよくならないで。」
私はバカみたいな台詞を飽くまで大真面目に言ったのだけど、エルヴィンは、くすと笑った。
「お嬢さんのぼんやりの原因はそれですか? 」
バカにして…!と思っても、もう彼の手中だ。心地よい低さの甘い声で、
「俺がいつも見てるのはお前だけだ」と囁くように言ってくれるものだから、もう照れくさくなって、枕を彼の顔に押し付けた。
私の中で芽生えた不安も、紅くなる顔を背けるまえに、ふたたび重ねられたくちづけの熱に溶けて消えていった。
「着替えておいで、今日は街にでも出掛けようか。」
ふたりの関係は内緒だから、今までふたりきりでお出かけなんてしたことなくて、私は逸る気持ちをおさえて部屋を後にした。
20140413
戻る