ショート | ナノ


躊躇いながら大好きな彼の名前を呼ぶ。

「く、らのすけ…?」

部活が終わって二人っきりになった部室。
蔵ノ介は溜まった書類に追われていた。

「ん?どうかしたん?」
「え…と、なんでもないです」

言えるわけないじゃない。
私の声に反応して顔を向けてくれた蔵ノ介の前にはまだまだ厚みのある書類が山積み。

言えるわけ、ないじゃない。

"構って欲しい"だなんて。
それにいつも蔵ノ介は私に優しくしてくれてるし、それを知っているのに、こんなときまで構ってほしいだなんて。

もしかしたらこんな風に話しかけることも邪魔してる内に入るのかもしれない。
…なんて一応は考えて


「邪魔しちゃうから、先、帰るねっ」

「名前、」

鞄を持って部室の扉のほうへ行こうとすると袖をくいっと引っ張られた。

はい?と返事する間もなく下へ引っ張られどこかへ収まり、いつもの体温を感じて、
背後から回ってきた腕に後ろから抱きしめられたと理解する。


ふわっと蔵ノ介の微かな匂いに包まれる。


清潔感のある、やさしくて安心する匂い。

いつもの匂い。


目を閉じていてもいつも私は全身で彼を感じる。


「なんでもない、わけないやろ?」


頭上から優しくあやすような口調で蔵ノ介が囁く。


ずるい私、


私に甘い蔵ノ介のことだからこうすればこう言ってくれるって、
心のどこかで期待してるんだから。


邪魔したくないのも本当、
構ってほしいのも本当。


恋はいつもずる賢くて、
矛盾してて、
不条理で、
そしてワガママだ。



「なんでも…ないもん」
「はいはい、正直に構って欲しかったって言えばええのに。お馬鹿さんやな」


拗ねたように膨らました頬を指でぷすっと刺されて、ぷしゅうと空気の抜ける音が部室の天井へ昇っていった。



「蔵ノ介の邪魔したくないもん」
「名前、ええ事教えたるわ」


耳元で甘い声が響き、それに私の身体は共鳴する。



「名前のおねだりはワガママとは言わへんからな?」



ほら言ってみ?、と言われると先ほどは諦めていた言葉がいとも容易く口から滑り出た。

「くらのすけ…構っ、て?」
「…合格」

その言葉とともに柔らかい唇が私のそれに重なる。

「…ふっ」

ちゅっという音と共に唇が離れた。


「…もっと欲しいときは何て言うん?」


離れた唇が名残惜しくて

「……もっと、したいよ」

欲張りさんやな、なんて笑う蔵ノ介に


「蔵ノ介は意地悪さんだね」
「でも、嫌いやないやろ?」
「お互い様でしょ?」


そう言ってキスをもう一度。


机の上の書類はまだまだ山積みのままだ。





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