心動かす、彼の指標


 諦めかけていた恋を実らせ、一週間が経とうとしている。
 仁科アイラがその現実を改めて噛み締めたのは週末の昼休みも終わろうという頃。
 味気ないパンとお茶で腹を満たして、五時間目に挑む。次は現代文だったなぁと。いつもたむろする教室から廊下へ踏み出したところで、腕を取られた。
「仁科、」と。
 思いがけない衝撃に瞠目する仁科の視界の先には東、南風原、滝田の姿。残る人物とこの手の力加減は思考しなくたって分かる。

「なぁに?」

 その声が、普段よりも甘さを含んでしまうのは彼以外に聞かせる気のない自信と、思わず溢れてしまった衝動が半々。

「今日の放課後、なんか予定ある?」
「特にないけど。どうして」
「ん。一緒に帰れたら、嬉しいなって……」

 緊張が滲んでか徐々に俯いていく彼の言葉が胸に響いて痛い。心臓がいたい。

「そんなの、言われなくたって……」

と、いつもの憎まれ口が出そうになり、慌てて口を閉ざす。
 いやいや、そうじゃない。これに対する答えはきっとこれじゃないだろう。素直になれ、と心のなかで囁く声。
 無意味に彼を傷つけたいわけじゃない。
 出来れば二度と泣かせたくない。
 奇跡のようなこの現状をどうか、彼にも楽しんで欲しいのだから。
 今、自分がみたいのは彼の笑顔で。
 その欲求に少しだけ従ってみる。

「冷蔵庫の中、空っぽでさ」
「……うん?」
「ついでに買い物も付き合ってくれる?」
「もちろん!」

 最高の笑顔が見れるのなら、丁寧に慎重に、言葉を選ぶのだって、なんら苦ではないのだから。
end

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