ながつきはつかのあさがきた


 雲ひとつない朝。快晴。秋晴れというにはまだ早いのかもしれないが、抜けるよな青さが目に痛い。
 降り注ぐ陽光が眩しくて目を眇める。
 二日ぶりの通学路。
 変わらぬ景色であるはずなのに、どこか別物に見える。

「まーなかさん!」

 登校するなり話しかけられる声は、聞きなれた東のもの。
 珍しく真中よりも登校したらしい彼と、その隣には南風原。
 顔を合せるなり「こいよ」と手招く二人に連れられて向かうのは教室ではなく、昼の集合場所の空き教室。
 適当な席に腰を下ろすと二人も適当に椅子を引き寄せて真中を囲う。
 いかにもこれから内緒話でもしようかという態勢だ。
 ちらほらと遠くから聞こえてくる生徒の声がどこか遠くに聞こえる。ちょっと緊張しているのは、最後に此処で話した記憶のせいだろう。
 
「で、昨日は上手く言ったんだろ?」
「もう解決したんでしょ?」
「……よく分かったね」
「だって真中さん、穏やか〜な顔してるから」
「ついこないだまで死ぬんじゃないかってくらい張りつめた表情してたからな」

 その変化ならどんなに鈍い奴だって気付く、と笑われた。
 良かったな、頑張ったな、と。
 向かい側から伸びてくる四本の手に、頭を揉みくちゃにされる。
 言われてみて、改めて気付く。たしかに今の心地は、嵐が去って行ったようなものだ。
 誰かを想ってあれだけハラハラしたのも、夜通し考えたのも今回が初めてのことのように思う。
 悩み続けた大きな山を越えたせいか、昨日の夜はぐっすり眠れた。
 けれど小さな問題がいくつかあることに気がついたは、目が覚めてすぐのことだった。

「やっぱりここにいた」

 締め切った教室の戸を開けてやってくるのは、ここをたまり場にしている奴しかない。
 スポーツバックを置いて着替え始める滝田に、東と南風原の黄色い声援が飛ぶ。
 スラックスを履いてるのに、上はTシャツのままなのは恐らく朝練を終えたばかりなのだろう。

「やだぁ、滝田さんのえっち」
「着替えるなら部室でやりなさいよぉ」
「着替える時間も惜しんでお前らと話をしたかったんだよ」
「たっきー……!」
「いや、あじゅま、よぉく考えてみろ。コイツが今一番、誰と話したいのかを」

 両頬に手を添えてあざとい反応を示す東とは対照的に隣の南風原は非情に冷静なコメントだ。
 暫く無心になって考えた東は、ようやく滝田の想いを汲んだらしい。
 ぽっかり口を開け、言葉もなく真中を指を差す。
 真中さんか、と。
 その反応に声をあげて笑いながら、

「どう、昨日は上手くいったの?」

問いかける。

「……言わなくても分かってるくせに」
「ふふ。あいら、もうそろそろ来てる頃じゃない?」

 言われなくても会いに行くよと思わず漏れた言葉を拾う滝田はさらに笑みを深めるだけだ。

「そうだ。これ、返すよ」
「……返しちゃっていいの?」
「いいもなにも、滝田のだろ」
「いや、俺が持ってていいものなのかっていう……。ほら、真中、嫉妬しない?」

 ポケットに入れていたお守り袋。
 確かに返すのは名残惜しくもあるが、今の自分には必要がない。
 そもそもそれは、仁科の両親から滝田へ預けられたものだ。
 どうせなら、仁科本人から貰いたい。

「合鍵は、たしかに欲しいけど。あそこは仁科の家じゃなくて仁科のご両親が建てた家族の家だろ? だからさ、いつか家を出て自分の城を持ったときまで大事に取っとく。……仁科の部屋の鍵なら、ちょっと、欲しいけどさ」

 自分で言っているうちに照れが交じるのを苦笑で誤魔化したが、滝田のことだきっと悟っているに違いない。それでも彼は平然とした様子で、ただ「よかったね」といった様子で見守ってくれる。

「そうだな、あいらのことだから合鍵をもう一個、用意してる可能性だってあるけどな」
「……どうだろう」
「え? 上手くいったんだろ? 浮かれたあいらならそれくらいやりそうじゃない?」
「やめろ、たっきー。浮かれたにっしーを想像させるな」
「視界の暴力だよ!」

 あまりにもひどい言い草だが、曖昧な笑みを返すことしかしない真中に、次第に確信を得られなくなったらしい。

「……付き合ってんだよな?」

 こんな風に南風原が慎重に尋ねるのも珍しい。

「たぶん」
「なんで!」
「上手くいったんじゃないの!?」
「や、仲直りはしたんだよ。ちゃんと。ただ、途中で疲れて寝ちゃってさ」
「え? 寝たの!?」
「あじゅま、落ち着け。たぶんそっちの意味じゃない」
「え? すやすや? スリープの方?」
「うん、ぐっすり。熟睡した。それから起きて、一緒にお昼食べたら安心しちゃって」
「……それで、そのまま帰ってきたと?」
「確認するのも忘れて?」
「なにやってんの、真中さん。そこが大事なんじゃん」
「……返す言葉もございません」

 まさか東に言われてしまうとは思わなかった。
 今までとはまた違った深いため息が漏れる。
 
「か、確信はあるんだけど」
「何割くらい?」
「7……いや、6。5かも」
「自信もって10って言いきれないなら今から確認してこいよ」

 南風原がじれったく思うのも無理はない。
 けれどそれを確認する勇気もないのだ。
 仁科を好きだという気持ちに嘘や偽りはない。誰にも負けない自信だってある。
 けれど、万が一誰かに聞かれたらどうしよう。そんな心配もある。
 早々にホモを公言するつもりはないし、仁科にも迷惑はかけたくない。 
 なにより、確認に行って「え? そうなの?」って言われたらどうしよう。
 朝から懸念を抱いていることの、ひとつ。

「だってさぁ……」
「女々しいな。昨日までの勇ましさはどうした」
「昨日で使い切ったんだよ」
「にっしー菌が移ったんじゃない?」
「げー。真中、寄んなよ」
「小学生か」

 いつものように脱線し、悪ノリを始める南風原と東に滝田の呆れ声が飛ぶ。
 ああ、もういっそ自分で確認するしかないのだろう。  

「もういっそ誰か確認してきて……」
「やだよ。それで火傷すんのおれらじゃん。真中と仁科が付き合ってようと付き合ってなかろうと友情に変わりはねえけどさ。目の前で惚気られてみろ。あいつの眼鏡割る自信がある」
「真中さん、お嫁に行かないで」
「お母さんはいつも愛されてていいね」
「……愛が重い。物理的に」

 真中さん! と、全力で背中にのしかかってくる二人を支え、滝田に助けを求めるも彼はただ笑って「いいぞもっとやれ」と煽るだけ。
 もう完全に真中の相談に乗ってくれる様子のない南風原と東の様子を一瞥し、「またあとでね」と片目を瞑るあたり流石としかいいようがない。空気を読むのが上手い。彼女が絶えないはずである。

「……なにやってんの、君ら」

 背後から、呆れ声。
 それに伴って重みが消えた。
 昨日も聞いた、その声は今はどうやら背負った二人に注がれていたらしい。

「よぉ、にっしー。お顔の調子はどう?」
「よく言うよ、思いっきり殴ってくれちゃって。お陰さまで絶好調だよ」

 襟を掴まれ引き剥がされた南風原は仁科を見上げながらも挑発的な姿勢は崩さない。
 だが、一触即発という危うい空気はない。
 東や滝田の顔を覗いてみても、止める様子は見られない。

「……謝らねえよ?」
「別に謝ってほしいとは思ってないし」

 鼻で笑って両手に捕まえた二人を解放し、椅子を引き寄せる。
 真中の隣を陣取る彼は、珍しくまじめな様子で、

「心配かけてごめんね」

 滅多にない、仁科からの謝罪。
 滝田も珍しいとばかりに目を見開く。
 けれど、こんな時にも憎まれ口をたたくのはやっぱり南風原だ。

「心配なんてしてねーし」

 むしろ真中の飯が食う機会が減ることの方が問題だから。
 続けざまに言う言葉に今度は東が便乗する。

「そうだよ、真中さん。これからもオレたちのご飯とお茶を与えるのは忘れないでね」
「欠食児童たちめ。俺はお前たちのなんなんだよ」
「お母さんでしょ?」
「あい、あじゅま!言葉に気をつけろ! 心の狭い男がいつ聞いているか分かんねえんだから!」
「別に気にしてないけど? 息子ポジが誰だろうと父親ポジが誰だろうと俺が真中の恋人なのは変わんないから」

 そうでしょ、と。
 覗きこむ仁科の表情が。柔らかい笑顔が視界にいっぱいに広がったせいで。
 思わず言葉を失った。
 頷くことすらこんなんで、なにか返すよりも先に顔に熱が集中するのが分かる。

「わぁ……。言いきったね、あいらの奴」
「真中、いっとくけど、コイツの発言結構危ないからな? お前が聞いてないとこで妄言すごかったからな」
「貞操の危機を感じたら逃げてね」

 自分の知らない所で、仁科がどんな発言をしていたのかは定かではないけれど。
 少なくとも、自分は堂々と隣を歩いて良いらしい。
 赤くなった顔をようやく上げると、口元に笑みを浮かべた滝田と目があった。

「確認するまでもなかったね」
「……知ってたくせに」
「よかったじゃん」
「うん。……ありがとう」
「どういたしまして」

 予鈴が鳴る。
 ああ、日常が戻ってきたと。
 そんなことを思う。
 
「でもおれらはホモネタ遠慮するから。友だちのホモネタとかご遠慮なんで」
「あぁ、その辺に至っては心配しなくてもいいよ。真中の良い所は俺だけが知ってればいいから」
「にっしーって、そういうことまで言うキャラだっけ?」
「察してやれよ、色ボケ真っ只中に決まってんだろ」
「やだぁ。これだからリア充は……」
「逆に言いたいんだけど、あじゅまはどうしてその顔で非リアなの?」
「あ、聞いた?! 今の聞いた?!これってハラスメントなんじゃないですか。モラハラってやつでしょ!」

 連れだって教室を出る。
 こんな些細なことですら懐かしく思ってしまう。 
 日常が少しだけ変わったけれど、変わらない部分が嬉しい。
 変わったことを受けいれてくれたことも、仁科が認めてくれたことが嬉しい。
 真中の気持ちも、仁科自身の想いも。

「真中」
「ん?」
「今日、一緒に帰ろうか」

 鐘が鳴る。
 ちょっとだけ変わった節目の日。
 いつもどおりの日常が始まった。
end

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