夏の暑さと太陽の光をたっぷりと吸い込んだ作物は、先月の終わり頃からごろごろと実を付け始めた。
 講習の度に水を与え、雑草を抜いて世話をした成果だ。
 ピーマンと茄子を収穫し、これでなにか作れないかとレパートリーを探る。東たちになにかお詫びもしないとな、そう考えながら、残りの作物に水をやる。
 今日も、濃い一日だった。
 心配も掛けたし怒らせた。緊張もしたし、泣きかけたのは想定外のことだった。この一週間のめまぐるしさにすっかり涙腺が馬鹿になってしまった。男だというのに。情けない。
 これだから、東にも余計な心配をかけてしまうのだ。さっきも南風原の下に行く直前、「真中、ホントに一人で大丈夫?」と。不安そうな顔で。
 おそらく、昼休みの一件があるからだろう。真中以上に落ち着かない様子に申し訳なくも思ったが、自分のことを気にしてくれる存在が無性に嬉しくて「ありがとう」の言葉が自然と漏れた。

 収穫のついでに花壇の手入れもして、道具一式を戻して帰ることにする。
 話し合いの場を設けない限り、参加は自由の園芸部。元々数合わせの幽霊部員が大半を占めるこの部に人が来ることなんて滅多にない。おかげでのんびりとした時間を過ごせた。
 収穫した野菜を入れたコンビニ袋を揺らし、校門を出る。
 時刻は四時を過ぎたとこ。
 擦れ違ったロードワークの一団。サッカー部の練習着。その中に、見慣れた金髪の姿はない。
 どんなにチャラチャラしていても部活だけはサボらない彼が。珍しいこともあるものだ、と首を傾げていると「真中」と背後から。振り返れば、駆け寄ってくる東の姿があった。

「一緒にかえろ」
「いいけど。南風原は?」
「んー、なんか怒って先に帰っちゃった」
「今度は何やらかしたんだよ」
「ちげーし、オレじゃなくて、にっしーが!」

 そこまで言って、自分の発言に気付いたのだろう。
 綺麗な顔が、気まずげに歪み、場が凍る。

「あ、ち、ちがくて! 別にオレらまで真中のこと避けるとかそうじゃなくて」
「分かってるよ」

 帰る前に、ダメ元で三組の教室を覗いたが仁科たちの姿はなかった。きっと別のところで話をしていたのだろう。

「違うんだって、ちょっと、真中、先走って考えないでよ? ちゃんと聞いて。大丈夫だから、オレたちホントに真中のこと好き。大好き!」
「あー、なんか、ありがとう?」

 フォローしようとする東の必死な形相に思わず笑いが漏れる。気恥ずかしくもあるが素直に伝えた言葉に東も照れくさそうに俯き「早く帰ろう」と歩き出す。

「さっき、にっし―と話してきたんだけど。上手く言えるか自信ないんだけど、真中さん、聞いてくれる?」

 必死に訴える青い目、2つ。
東のお願いを断るはずがないのに。二つ返事で頷くと安心したように微笑んでそれからいつになく真面目な様子で告げる。

「昼休み、話したことあるじゃん」
「うん」
「オレらが口出すことじゃないって思ってたんだけど、どうしても言いたいことがあったんだって。そんでみなみに連れてかれたんだけど」

 放課後、東を呼び出した件と仁科と話したことはイコールなのだろう。
 わざわざ空き教室にまで仁科を呼び出した南風原の狙いは単にここ数日の仁科の態度が気に食わなかっただけ、らしい。
 二人の問題は二人で解決するべき。
 けれど、お前が孤立する必要はないんじゃねーの、と。
 それを伝えたかった。あわよくも本心も聞き出せたらいいな、と。仁科が来る前に教えてくれたらしい彼の想いは「君らには関係のないことだろ」と一蹴された。

「何を聞いても『俺が悪い』『俺のせいだから』しか言わないし。結局みなみはオメーのその態度が気に食わねぇってキレるし、たっきーは呆れてなんも言わなくなるしでね。ホント、止めるの大変だったんだから! もう、どうにかしてよ、真中さぁん」

 どうにかなっていたら苦労はしない。
 そもそも自分はそのどうにもならない事態の元凶だ。
 弱音を吐く東の背を宥める。
 たくさん言葉を繋げ、疲れた東は自らを落ち着かせるように溜息をひとつ。吸って、吐き、告げる。真中、ごめん、と。

「でも、やっぱり、オレ、真中だけの味方になれない」
「ん?」
「元々誰の味方ってのもないんだけど。……にっしーがね、いつもみたいにスカしてないんだよ。ちょっと思いつめてるようにもみえるっていうか。放っておいちゃいけないと思うんだ。危ない感じがして」

 なかったことにしちゃいけない。
 知らないフリをしてはいけない。
 このままではどこかに行ってしまいそうな不安定さが彼にはある。例えばそれは、普段の言動だとか、時折見せる表情に紛れ込んでいる。
 仁科は強い人じゃないから。

 途切れた言葉を掬うことなく、無言のまま歩く。
 僅かに傾き始めた日はまだ十分に暑いが、焼け付くような凶悪さはなくなった。
 蝉の声も、ずいぶん減ったように思う。
 
「ねぇ、真中」
「ん?」

 ツクツクボウシの鳴き声に、掻きされそうな声。
 立ち止まり訴えかける表情は、今日一日、曇りっぱなし。
 原因は言わずもがな。

「オレ、さ。すげー怖かった」

 青い目が、揺れて、その胸の内を明かす。
 嘘を吐くことが下手な彼だから彼の言葉はいつだって真っ直ぐ届く。

「みんなバラバラになっていきそうで。怒ってるみなみも、自分ばっかり責めるにっしーも、何にも言わないたっきーも怖かったし、泣きそうな真中も見てられないよ。みんながギスギスしてるだけでアタマおかしくなりそう」

 東の言い分はよく分かる。
 誰かが言い争うのも、誰かと激しく感情をぶつけることは怖い。気まずい空気も好きではない。
 それが嫌で、今まで避けてきたけれど。
 今回ばかりはそうもいかない。

「オレだけが思ってても仕方ないんだけどね」

 上手くいかないけど、頑張ろう。
締めっぽい空気を払拭し、明るい笑顔を向ける東は、真中の手元の袋を覗き込み「なんか獲ったの?」と尋ねる。

「茄子とピーマン」
「いいなぁ。オレ、ピーマンの肉詰め食べたい。トマトのカップに入ったツナのグラタンもいいなぁ。チーズたっぷりのやつ。揚げ茄子も捨てがたいけど、もう少ししたら焼きナスも美味しくなるよね」

 好き勝手言いながら最後に締めくくる言葉は、

「今度、皆で食べよ」

 なんの意図もない。
 素直な彼の言葉だから、胸に詰まるものがある。

「あずま」
「なに?」
「ありがと、元気出た」
「そう? よく分かんないけど、真中なら大丈夫」

 何の根拠もない一言。
 ぽん、と肩を押されるだけで。
 気持ちも前に動き出せる。
 待つことはやめよう。
自分から、もっとぶつかっていこう。

 それは決して強い力ではないけれど。
 踏み出す一歩目の。勇気をくれた。


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