溶けかけのオレンジ




 夏期講習も一区切り。
 本格的な夏休みが始まる。 
 最後の補習授業も終わり、さぁ、これから。というまさにその時。担任からのお呼び出し。
 おぉ、東。お前、今日、日直だったよな。
 夏休みなのだから、日直なんて関係ない。
 東、日直辞めたってよ。
 本日のあじゅまは終了しました。
 早々に切り捨ててさっさと遊びに行きたかったのだが、滝田も真中もそれを良しとはせず。むしろ「成績も素行も良くないんだからここで点数稼いで来い」無情な言葉。
 優秀な二人は担任側についていた。
 犬猫にするようにシッシと手を払う。

「なにその反応、ひどい!」
「はいはい、いいから早く行って来いよ」
「も〜! 分かったよ、その代り、みなみにちょっと遅れるって言っておいてよ」
「了解」
「しっかり手伝ってきなよ」
「う〜」

 一刻も早く、遊びに行きたかっただけに、首輪を付けられ繋がられた気分だ。
 今日は、滝田の部活と仁科と真中の買い出しが終わったら皆で夏祭りに行く予定なのだ。
 皆が揃うまでに、南風原の花火でも買いに行こうと昼休みに計画も立てていたというのに。とんだ邪魔が入ったものだ。
 前を歩く担任に「なに手伝えばいいの」と言葉を投げかければ、作業は到って簡単な物。
 膨大な資料を運ぶだけのものだった。
 自分の荷物くらい自分で運べよ、大人だろ。
 思ってはいたが、自分の成績を知っているだけに言葉にすることはしなかった。
 進学できないのは困る。
 来年はまた、五人一緒のクラスになる予定でいるのだ。
 不必要な発言で一人だけ篩に掛けられるわけにはいかないのだ。

 資料を運び、こまごまとした雑用を押し付けられること三十分。
 二階の準備室から外の駐車場。担任の車まで分厚い本を運ぶのがメイン。
 空調の効いた校舎の中から外へ。
 いくら暑さのピークを過ぎているとはいえ、むわっと下から煽る熱の塊を容赦なく浴びた。
 背中に、首筋に、額に汗の珠が浮かぶ。

「家で読めばいいじゃん、こんな本なんか」
「そういうけどな、これもちゃんとお前たちの授業に役立って」
「今、こうしてオレの帰りを阻んでいるじゃないっすか。先生オレのこと好きすぎ〜。ソウタ、そんなに安くないんだから」

 制服の裾を寛げ、風を送り込む。
 温い風が身体のシャツの内側に入ってきたが、清涼感は殆ど得られなかった。
 不満を漏らしながら教室へと戻る道中。
 一度職員室に消えた担任から報酬を得る。
 凍らせた棒ジュース。

「先生、いつもこういうの食べてんの? ずりぃ」
「お前らだって家庭科室使ってなんか食ってるだろ」
「あれはちゃんと部活だから。許可も取ってるんだよ」
「真中が、な」

 先日も、園芸部の畑で獲れたスイカで作ったクラッシュアイス。
 我儘を言った甲斐があり、手間暇かけて作られたアイスは暑い日に食べるにはぴったりだった。
 もう一度食べたい。
 畑作業を手伝えば、もう一度食べられるだろうか。

「飯に燃えて遊ぶのも良いが、ちゃんと宿題もやってこいよ」
「はぁい」

 先生、バイバイ。またね。
 棒アイスを握りしめ、教室へ。
 カバンを無事に回収した後は三組に。
 しかし顔を覗かせた教室に幼馴染の姿はない。
 待ってて、と。伝えて貰ったはずなのに。
 仕方がない。ふらふら、気まぐれな南風原を探しにいこう。
 南風原の探し方にはコツがある。

 まずは教室。
 カバンの所在を確認する。
 いつもは机の脇にぶら下がってる通学カバンは今はない。
 きっとここにはもう来ない。
 次は玄関。
 靴があったらまだ居る証拠。
 三組の「南風原瑞樹」の下駄箱の中には、彼が愛用するスニーカーが一揃え。お行儀よく並んでいた。
 カバンを持ったまま、校舎内のどこかにいる。
 この証拠が揃っていたら。
 快適な場所を探すのが上手い南風原だから。
 きっと、今、彼は涼しい場所にいるに違いない。
 空調も切れかけるこの時間には、たまり場にしている空き教室にはいないだろう。
 中庭は西日が強すぎ。暑くて候補からは外れるだろう。
 後はどこだ、と校舎内を歩き回っているうちに、長く伸びた渡り廊下の前で足を止める。
 本校舎から、伸びた廊下の奥。
 部室棟と食堂が並ぶそこは、真冬には地獄と化す極寒の地。
 そういえば最近、食堂脇に猫がくるって女子が言っていたっけ。
 警戒心が強い猫を手懐けたくて、皆躍起になっているとの噂。

 涼しとこは猫に聞くのが一番だという。
 その言葉を思い出し、廊下の奥に足を運べば、食堂入り口前。
 大きな日陰の中、コンクリートの階段に腰を掛けてゲームに没頭する南風原の後ろ姿があった。
 さすがオレ。名探偵あじゅま。
 心の中で誇る。
 無防備な、丸まった背中。
 どうせなら驚かしてやろう。そろそろと足音を忍ばせ近寄る。

 にゃぁ

 力の抜ける、柔らかい声。
 南風原の足元。毛玉が鳴いた。

「んー?はいはい、にゃーにゃー」

 仲間を慕うみたいにふかふかのしっぽが背中を撫でる。
 対する南風原は適当とばかりに棒読みの返答。
 しかし、傍らの小さな頭を撫でてやる手付きはひどく優しい。

「……ズルイ!」

 思っていた以上に大きな声。
 辺りに反響し、余韻を残す。
 東が叫んだとほぼ同時に、灰色のネコは逃げ出した。
 南風原は操作をミスしたのか、ゲームオーバーの音。
 声の発言者である東自身も、驚いた顔で立ち尽くす。

「おぉ、なにしてたんだよ。おっせぇ」

 ゲームの電源を切り、カバンの中へと放り込む。
 口調は淡々としていたが、機嫌は悪くないようだ。
 南風原の隣に腰を下ろし手元のアイスを弄ぶ。
 握っていた部分は体温で溶けて柔らかい。
 そろそろ食べごろだ。

「手伝いしてた。本運ぶやつ」
「図書委員だっけ?」
「ううん。私物の本だって言ってた」
「なんで学校に自分の本持ってきてんだ。家で読めよ」
「だよねぇ。でもアイス貰えたから良かったけど」

 えいっ。
 棒の中心、窪みの部分に力が加えてはんぶんこ。
 ぽきっとかわいく涼しい音を立て、割れた報酬の片割れを隣の相方へと渡す。
 ジュースに戻った液体が切り口を伝い、指に絡む。
 舐め取ったそれは、オレンジ味。爽やか。美味い。

「サンキュ」

 伸びた、と思った手はアイスを素通りして東の頭上へ。
 ワシワシと先程のネコへと全く変わりない手付きで一撫でして。
 東の手元からアイスが消えたのはそれからだった。

「おつかれ」
「……へへへ」

 さらりと漏らした一言にこそばゆい気持ちになる。
 オレンジ色の懐かしい味。
 涼しい日陰の中でもじんわり、汗を掻きながら食べる。

「食ったら行くか」
「うん!」

 暑い、夏の日。
 講習のない夏休みの初日は、溶けかけのアイスから始まった。
 
end


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