隣のクラスの王子様


 新学期になってから初めての英語の授業。隣の組と成績順に2クラスに分けられるその時間。
 夏休み明けのテストにより再編されたクラス。面子はほとんど変わりなかったが、中には成績を上げてこのクラスにやってくるものも多い。
 彼女もそんな生徒のうちのひとりだった。
 控えめに周囲を見回すと、話したことのない生徒が何人もいる。
 授業終わりにでも話しかけてみようかしら、なんて興味が出てくる。
 彼女と同じ考えの人間は多いのだろう。
 授業には集中せずに至る所でさざ波のような話声が押しては引いていく。
 その中で教室の片隅で、ぼんやりと窓の外を眺める少年がひとり。
 外から入ってくる風が、髪の毛を揺らす。陽光を跳ね返し、きらきらと輝く金髪は染めてはおらず、周囲よりも白い肌は彼の中に異国の血が流れていることを示しているのだろう。
 気だるげな表情を浮かべて頬杖をつく姿は、幼少期に夢見た絵本の中の王子様を思わせた。

「次のところを、東」
「え?」

 教師に名を呼ばれ、驚いたように顔を上げた彼は隣の席に座る友人に助けてもらいながら指示された英文を読み始める。
 英語に不慣れな日本人のぎこちない音読と違い、所々略そうとしたり綺麗な発音。
 日頃から英語に触れていることが容易に読み取れた。

 おぉ、と感心したように彼を見る周囲の視線に東少年は照れくさそうに笑って着席する。

「ちょーしこいてんな、あじゅまの癖に」
「何言ってんの、オレはいつもこうだろぉ」

 隣の友人とは仲がいいらしい。
 小突かれながらも満面の笑みを浮かべて、楽しげな声を上げていた。

 彼はもしかして、本当にどこか遠い国の王子様なのかもしれない。
 ありもしない妄想を広げ、ノートの片隅にメルヘンチックな世界観を描いていると、教室の片隅から「ぎゃあ!」と悲鳴が上がる。

「ぎゃっ、ありえねえ! 助けてみなみ!」
「窓があるから入ってこないって」
「わかんないじゃん、突き破って来るかもしれないじゃん、バリーンって!」

 窓の向こう側。
 バルコニーの柵に舞い降りた一匹のカラスに怯える男子高校生が一人。
 隣に座る友人に抱き着きながら、半泣きの表情だ。

「虫じゃねーんだから、少しくらい我慢しろよ」
「虫だったら虫かご持ってきて飼ってるよ」
「鳥かご持ってきて飼えば好きになれるんじゃね?」
「嫌だよ、そんなことしたらうちの屋根乗っ取られるよ」
「むしろ、お前の髪の毛キラキラしてっから巣に持ち帰られるかもな」
「この歳でハゲはやだよ!」

 隣の友人は、可笑しそうに笑いながら陽に透ける髪を無造作に梳きながら意地悪な発言を漏らす。
 
「はげても見捨てねーから安心しろよ」
「みぃ!」
「はいはい」
「お前ら、もう気が済んだか」
「大丈夫でーす」

 彼らのやりとりはきっといつものことなのだろう。
 慣れたものといった様子の教師が、教卓の名簿欄に何かしら書き込んでいるのが見えた。
 いまだに友人にしがみつく王子は、情けない様子を晒しながら周囲の生徒たちに笑われていた。

「……ないわぁ」

 せっかく恋の予感がしたのに。
 ロマンチックな世界に浸るよりも前に音を立てて崩れ、引き戻される現実に冷静な言葉が唇から洩れたのだった。
 
end

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