知らずに繋ぐ




 長い授業も終わり後はHRを残すだけ。
 学生たちの本番はこれからだ。
 数学の教科書をロッカーに放り込んで、友人たちの元へと向かう。

「たっきー、にやにやしてどうしたの?」
「ん〜? 真中が可愛いなぁって」
「うるさいよ!」

 授業中からなにかを話しているのが後ろの席から見えていた。前後の席で話が出来る彼らが羨ましくて、数式なんてちっとも入ってこなかった。
 目を細めてニヤニヤしている滝田と頭を抱える真中。
 ずるい、と眉間に皺を寄せても唇を尖らせても口を割らないところを見ると、話す気はないらしい。二人の間で完結してしまったのだろう。
 目の前でナイショ話をされた気分でつまらない。が、そこに突っ込めるほど遠慮を知らない性格でもない。

「……こいつ、俺のことばかにするんだ」
「それは良くないね。たっきーは女の子にばかり優しいからな」
「ひどいやつだよ」
「ね!」

 こうやって、真中の方からフォローもある。
 そのさりげない優しさに表情を明るくさせる東に、しかめっ面の真中の口元も緩む。

「酷いのは君らのほうじゃないのかな! 俺の株、大暴落じゃん」
「下がればいいんだ! 可愛い子ならいっぱいいるでしょ」
「どこに?」
「ほら、ここに」

 女子曰く、顔だけは良いと評判の笑顔で「オレ」と示す。
 それに対する滝田の返事は無言で首を振るだけだった。横に。
 ひどい! と隣の真中に助けを求めたが、彼はマイペースで「なぁ、東」とのんびりと返すだけだった。

「今日の帰り、肉食いたくない?」
「それは真中が食べたいってこと?」
「うん」
「もうすぐ春休みだもんね」
「関係あるの、それ」
「あるよ、大ありだよ!」
「君らの間で会話が成立してんならいいけど。……それで、俺は誘ってくれないのかよ」

 目の前で交わされる約束に不満げな表情の滝田。
 待ってる。皆で行こうと続ける返答にコロリと眩しい笑顔を零す。

「真中何食べたいの?」
「肉」
「いや、もっと具体的なプランは?」
「みんなで肉」
「……わざとやってるでしょ」
「うん」

 その答えによっては向かう店も変わってくる。
 南風原と仁科も誘おうと、自分の席から動こうとしない二人に視線を送る。
 ひとりはゲーム、ひとりは読書とワンマンプレーの真っ最中。
 真中がどこかに行きたいと、誘ってくることなんて滅多にない。それを聞いたら二人は喜ぶことだろう。驚くことだろう。
 直に聞いた東としては嬉しさでいっぱいだ。
今、この場で大きな声で誘いたい。
今日はどんな理由があろうとも有無を言わさず連れて行くのだ。
 なんせ、もうすぐ春休み。
 あと十日もすればクラスとはサヨナラなのだ。
この教室で勉強することもなければ同じ面子と過ごすこともなくなる。ようやく打ち解けてきたと思ったのに。
高校の一年間はあっという間だった。
 二年になったら、自分たちの進路に応じて教室も変わってくると教師は言う。
 勉強は苦手だ。
 唯一、楽しめるのは英語くらいのものだし。
 理数科目が得意だという南風原とはきっと確実に分かれてしまうことだろう。
 保育園時代から同じクラスだった。
それも今年度で最後かもしれない。
 真中や仁科、滝田ともクラスが離れてしまう可能性だってある。
 人見知りが激しい東にとって、また1から友人を作るのは骨が折れる。南風原がいないとなると、その難易度は格段に上がる。
 入学式の時はどうだったっけ。
 仁科や滝田とはどうやって仲良くなったんだっけ。
 こんな短期間で濃い付き合いをしたのも、初めてのことだったのだ。友だちのなり方なんて覚えていない。

 繋いだ縁はいつまでも繋いでおきたい。
 その繋ぎ方も分からない。
 手を繋ぐだけなら、簡単に出来るのに。

「……で、実際何食べたいのさ?」
「ハンバーグな気分、かな」
「じゃあ、駅前かな」
「みなみとにっしーも誘ってくるね」

 担任が入ってくる気配はない。
 机と机のあいだの狭い隙間を早足で抜けて、放課後デートのお誘いへ。

「あ、東。待って」
「なに?」
「これ、あげる」

 椅子に座ったままの真中が手を伸ばす。
 くれるというその手の下に掌を差し出すと、握られた拳から飴玉が降ってきた。

「アメ?」
「あげる」
「ありがと。でも真中がアメ持ってるって珍しいね」
「渡したかったけど渡せなかったからさ」
「ふ〜ん」

 誰にと聞いてみたかったけど、それを聞くのは野暮な話。
 真中の後ろでにやにやしてる滝田の顔が視界に入る。
 それがすべてを物語っていた。
 さっき、秘密にされた内容もきっとそのことだったんだろう。

 先月のバレンタインでしこたま義理チョコと3倍返しの要求をされたからよく分かっているのだ。
 ホワイトデーのお返しに意味があるってことを。
 真中が渡したい人物に覚えはあるが、自分が渡したところで受け取ってくれるとも限らない。
 そんなことされても真中は喜んでくれない。余計なお世話と恥ずかしがられて終わるだろう。

 飴を握った掌を閉じたり、開いたり。
 その度にかさかさと動く包装は、ポケットの中に突っ込んだ。
 今度こそメッセンジャーの役割を果たそうと仁科の席へと向かう。

「にっしー、愛を届けられなくてごめんね?」

 思わず出た第一声に、本から顔を上げた仁科の訝しげな視線が痛い。

「……頭でも打った?」

 案の定、言葉の破壊力もすごかった。
 なんでこんな男のキューピット役なんて買ってでようと思ったのか。
 肯定的だった気持ちのベクトルは反対方向へ。
 お前なんかに真中はやらない。

「真中が皆で飯食いに行こうって」
「行く」
「……笑顔、やばいよ」

 きっと無意識だろうけど。
 本人は変えていないと思っているんだろうけど。
 真中という言葉に、彼の感情が解れてその中身が漏れてくる。
 東だったら取り繕うのに必死になっていることだろうに。
 その笑顔の切れ端に引き気味に忠告する。
 だが、指摘を受けた男は、

「知ってる」

 どや、と言わんばかりの表情。

「うっぜぇ!」

 そんな仁科に腹が立つ。
 幼馴染とよく似た口調で、ポケットの中の飴玉を投げつけた。
 真中に見られたらきっと怒られるに違いない。
 けれど彼はゲームに飽きた南風原とじゃれていたお蔭か問題のシーンは見られていなかった。
 東の一命は取り留められた。

 仁科の肩にぶつかり、本の間で転がる母の味。
 それが真中からの贈られた物と仁科が知るのは、それから数時間後。
 無意識の真中の行動に打ちのめされた後のことだった。

 
end


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