春と連れ行く




 入学式、始業式と春のメイン行事も無事終わり、さてこれからと気合

を入れ直した本日。
 生徒たちよりも遅れて食堂へと向かうその道程。
 個人的に気に入っている五人組はどうなったのだろうと気になって、

人の通りの少ない多目的室へと足を向ける。
 扉を開けるまでもなく、笑い声や叫び声が廊下に漏れる彼らの巣。
 今日は彼らの気に入りの曲すら漏れていない。
 新学期のその日。クラスが分かれても「いつもの場所で」と約束して

いた姿を見送ったのだが。
 もう彼らの心は分かれてしまったのか。
 別れの時期は過ぎ、出会いの季節になったというのに閑散とした教室

内。
 特別用事があるわけでもなかったが、見慣れた光景がないのは取り残

された気分になる。 

 前の時間、換気のために開けてそのままになった窓から風が入り込む


 ゆらゆら揺れるカーテン。その光景が寂しさを助長させていた。
 最近になって散り始めた前庭のサクラ。
 その花びらが数枚無人の教室にやってくる。
 床に、庇にと着席した彼らを無情にも外へと払う。
 開けっ放しの窓を閉めるべく、無人の教室に踏み込む。

「やっぱ、ここにきて正解だったな!」
「晴れてよかったよね」

 聞き慣れた声。
 開けっ放しの窓の外から。
 騒々しく続く声と気配を辿って、花と緑で賑わう景色に目を凝らす。
 立派な桜の樹の下に五つの影。
 金髪が二つ、茶髪が二つ。黒い髪がひとつ。
 髪色だけでも分かる、見慣れた組み合わせ。

 この瞬間、寂しかっただけに彼らが一緒にいる光景が嬉しい。
 思わず階段を駆け下りて現場を見に行ってしまう程度には。

「おー! 真中さんスゲー!」

 ひとつの弁当を取り囲むその様は、立派な花見会場だった。
 一体どこから持ってきたのか、ブルーシート代わりの段ボールまで敷

いてある。

「肉ばっかじゃねーか」
「真中は花より団子じゃなくて花より肉、だもんな」
「肉のない花見なんて……!」
「真中は花見に限らず万年肉食系だろ」

 頭上の花になんてまるで興味も示さず三段のお重に夢中な彼ら。
 外で食べることが楽しいのであって、花は二の次なのだろう。
 その気持ちは分からなくもない。

「ほんとに肉色だね」
「文句があるなら食べなくてもいいけど? 俺の肉だし」
「そーだそーだ! 真中さんの飯に文句あるってのか!」

 三つの段を抱きかかえ、唇を尖らせる真中。
 それに便乗する東と南風原。
 三人一緒になって仁科を責めるが、肉弁当を最初に指摘したのは二人

のうちのどちらかだったはずだ。

「文句はないよ、真中らしいとは思ったけど」

 対して、揚げ足を取られた仁科は穏やかな笑みを浮かべたまま「真中

の飯、食いたいなぁ」とおねだり。
 作ってきた飯を褒められて、満更でもなかったのか。
 
「仕方ないな」

 弁当を中央に差し出す真中は、どこか嬉しそうだ。
 
「お前ら、なにしてんの?」
「あ! はっち」

 別に用事もなかったが、ただ見ているだけもつまらない。
 桜の下の彼らに声を掛ける。
 八津の存在に気付いた彼らは、次の瞬間、弁当を隠す。
 その連携は見事な物だった。

「花見?」
「これが花見じゃなかったら何に見えますか」
「ピクニックですか」
「お前らはいつだってピクニック気分だろ」
「ひどい」
「聞きましたか、ソータさん!」
「聞きましてよ、ミズキさん! オレたちを小馬鹿にしてますよ!」
「そんなやつに、真中の弁当は渡さない」
「見せてもやんない!!」

 春だな、とつくづく思う。
 真中たちよりも一歩前に出て、両手を広げて通せんぼする様はそう表

現するしかない。
 どうせならそのテンションを勉強の方にも向けて欲しい。
 復習テストの点数を今一度思い出してはくれないだろうか。

「……先生の分、どうする?」
「紙皿もないし、いいんじゃない?」
「さすがに生徒の弁当奪うとかしないでしょ。あれでも教師だよ?」

 東と南風原のその奥で声を潜めて相談する三人の方が厳しい意見を発

していることの方が多いのだけれど。

「見るくらいいいだろ」
「だめ、減る!」
「……遠目にならいいんじゃないの」

 そこまで邪険にする必要もあるのか。
 口に出かかった大人気ない発言は、滝田の一言に救われた。
 それでも、遠目だけど。

 上から覗いた弁当は、確かに茶色と肉色が占めていた。
 アスパラベーコン、ロースハム、から揚げ、手羽先、つくね、焼き鳥

串やミートボール。
 おにぎりの具は二種類。鶏そぼろかチキンマヨネーズ。
 さらには鶏飯で一段使い切った豪華な弁当だ。
 申し訳程度に入れられたブロッコリーやプチトマトがやけに目立つ。
 一応、野菜がないと言われることも考えて小さめのタッパーに蒸し鶏

のサラダも用意してあるという。
 そこでも肉が入っている辺り、調理者の食への偏りが如実に表れてい

た。
 五人で食べることを考えても結構な量。一時間やそこらで作れるよう

な物でもない。
 汁物こそ用意していないようだが、傍らのペットボトルが酒の代わり

なのだろう。
 
「豪勢だな」
「気合入れました」

 思わず口に出た褒め言葉に、真中は少し誇らしげ。
 仁科に褒められた後だからか、褒め言葉にはなれたとでも言いたそう

に。
 
「花見の後のごみは持ち帰れよ」

 このまま居座っても分けてはくれないであろう彼らに一言置いて食堂

へ向かうことにする。
 そろそろ食堂の混み具合も緩和される頃だろう。
 その際に、弁当の隅にあったから揚げをひとつ抓む。
 冷めているのにも関わらずじわりと肉汁が染み出る。
 ごま油の香りがするそれは、以前食べたことのあるものに似ていた。

「真中ん家のから揚げ美味いな」
「従兄に教えて貰ったやつですね」
「あ!」
「はっちがおれらの飯取った!」
「てか、大事な肉だよ! なんで怒んないんだよ、真中さん!」
「あれは東の肉だから」
「はぁ!? 信じられない、オレの肉!!」

 元気のいい生徒たち。変わらぬ姿にどこか安心してしまった。
 もー、と憤慨する東の表情に笑いが止まらない。
 大人気ないことをしてしまった代わりに後で紙コップでも差し入れて

やろう。
 それでいくらかは花見らしさも増すはずだ。
 
 でも、いいなと彼らを羨ましく思う。
 こうやって思いつきで行動出来るのは彼らの特権だ。
 歳上の友人の顔を思い浮かべる。ここのところ忙しくて、ろくに連絡

もとれていない。
 今日あたり誘ったら、彼は応じてくれるだろうか。

 夜桜と、焼き鳥と、焼酎。日本酒。
 それさえあればきっと望む答えは出せるはず。
 スーツの肩に桜を乗せて。
 今日これからの予定を組み立てるのであった。
 
end


PREV | TOP | NEXT


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -