ココロユラグ




 どこを切り取っても愛が飛び交う。
 バレンタイン当日の今日。その光景、全てが目に痛い。
 
「たっきー、今日は?」
「特に要はないかな」
「そう」

 通学途中にあるコンビニ前。
 前を行く幼馴染に制止を求めて、本日の昼の予定を尋ねる。
 
「じゃ、先行ってていいよ」
「なんで?」
「面倒だからだよ」
「なにが」
「……バレンタインが」

 家の前で。駅で。電車で。
 度々呼び止められては「はい、これ」「サンキュ」と簡単に手渡されるチョコの数々。
 一日は始まったばかり。それなのにも関わらず、たっきーのカバンの中は戦利品で埋まっていた。
 さすが人たらし。

 チョコを渡すその殆どが知り合いや友だちの関係だとたっきーは言う。
 義理チョコ、友チョコ。他にもいろいろと名前を変えて渡されてはいたけど、中には本命だって紛れていることであろう。
 ひっそり告白するのは結構だけど、俺を隠れ蓑として利用するのはやめてほしい。
 たっきーの物より幾分グレードの落ちた物を贈られる。それこそ義理チョコ。
 本命の子から以外受け取る気はないと断るのも億劫だ。

「義理チョコくらい貰っておけばいいのに」
「お返しが面倒じゃん」
「お前にそんなの求めてないよ」
「……言動がみなみに寄ってきてない?」
「そんなことないって」

 たぶん本人は無自覚なんだろうけど随分とみなみの影響を受けている。
 まあ、以前よりも距離が縮んだようにも感じるから良いとは思うんだけど。
 
「で、その本命からは貰えそうなの?」
「ご冗談を」
「もっと希望を持てば?」
「……いいから早く行きなよ」

 遅刻するよ、と先を急がせるもお節介な男は「貰う気がないなら贈れば」と提案してくる。
 
「俺はただ、飯の調達に行くだけだよ」
「こじつけるの得意じゃん。適当なこと言って渡せば?」
 
 別にキューピット役は頼んでいないけど、人の恋路に首を突っ込んでくる。
 バレンタインに踊らされる俺の姿が見たいんだろう。
 愛に生きる男はキツネみたいな顔をして告げる。
 
「別にバレンタインなんて、興味ないしね」
「なんだよ、つまらないな」
「俺のことはいいから、早く学校行けって。あそこで待ってんの、たっきーが目当てでしょ」

 いい加減、この話題から離れたいくて信号の向こう側にいる二人の女の子を指差す。
 あの制服はこの辺の中学校のものだったはず。
 登校時間ぎりぎりの時刻で、しきりにこちらに送られてくる視線はきっとそういうことだろう。いつの間にたらしこんだんだか。「ああ、あの子たちね」とどうやら彼女たちに見覚えがあるらしい。
 上機嫌な笑みを浮かべたたっきーは、向こう岸の彼女たちに手を振る。
 早く行ってやりなと先を急がせて、自分はコンビニへと逃げ込んだ。



 コンビニの中は見事なまでのバレンタイン一色。
 いい加減にしてくれと、重い溜息が出るくらい。
 正直に言うと、用意はしていた。
 昨日の晩飯の買い出しがてら、ついつい手に取ってしまったチョコ菓子。
 露骨なほどバレンタインを主張したものではなかったけど、いそいそと次の日の準備をする自分の姿を思い返すと恥ずかしさが込み上げてくる。なにをしているんだ、俺は。
 恋に浮かれていたのか。
 バレンタインに踊らされたのか。
 自覚したと同時に失恋が確定しているのに。
 どんなにアピールしたって無駄なのに、諦めきれず結局持ってきている自分に呆れる。
 わざとコンビニに寄ったのだって、女子連中が真中にチョコを渡す瞬間を極力見たくないからだ。
 義理だろうが本命だろうが、堂々と渡せる彼女たちが羨ましい。
 駆けこむようにコンビニにやってきた中学生が二人。
 顔を真っ赤にしてきゃあきゃあ言い合う彼女たちは、先程たっきーにチョコを渡そうとしていた子たちだろう。
 あんなに喜んでいるところを見ると、目的は無事に果たせたのだろう。
 たっきーのことだから、きっとありがとう以外の言葉も付けたはず。

 興味もない雑誌に目を通したり新聞の四コマを確認して、適当に昼飯を買ってからコンビニを出た。
 十分時間を潰したおかげか、予鈴ぎりぎりで教室前に辿り着いた。
 予鈴が鳴ったところで自分の席に着く生徒が少ないところがうちのクラスらしい。
 教室に入る直前、

「あれ? 真中は収穫なし?」

 その声を拾い、動きが止まる。
 席が出入り口に近いせいか良く聞こえる友人たちの声。

「ないよ。今年はゼロで終わるかもな」

 落胆するでもなく、見栄を張っている風でもない。平然とした真中の声。
 東の戦利品でも持っていくかと告げるみなみの提案にも「別にいいよ」と否定する。
 母親のからを期待すると言う。
 その言葉に、蓋をしていた欲望が芽を出した。
 咄嗟に、コンビニ袋の中身を入れ替える。
 諦めていたけど、諦めなくて良かった。
 もしかしたら、引くかもしれない。俺の気持ちには気付いてはくれないだろうけど、それでいい。
 今、この瞬間だけ。俺の行動に驚いてくれればいい。

 レジ袋を握った掌にに汗が滲む。
 口実は思いついた。嘘を吐くのは得意だ。
 大丈夫。俺の想いはどうせばれない。
 緊張を深呼吸で押し殺し、扉を開ける。
 
「ってか、薄情な奴らだね」

 真中の丸い後頭部に声を掛け、自分の気持ちを差し出した。
 
 
end


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